終わりの始まり ⑥
「……今のは魔法少女ラピリスか、彼女とは何の話を?」
「さてね、警視庁の手を煩わせるまでもない他愛ない雑談だよ」
ラピリスと入れ違いに入室してきたのは新田と名乗った警視庁の人間だった。
こちらの気分を害するためとしか思えない最悪のタイミング、機会を窺っていたのなら人の神経を逆なでする天才だ。
「ふんっ。 まあいいでしょう、あなたがもし不審な動きをすればすぐに部下から報告が入ります」
「魔法少女を警戒するつもりなら杖を奪えばいいじゃないか、そうすれば戦力は半減だ」
「不要ですね、素手であろうとも人類は魔法少女に勝てはしない。 それにあなた達にはこれから仕事があるのですから」
「へぇ、ボクに何をさせる気だい?」
「単刀直入に言いましょう、ヴァイオレット。 我々の側に付きなさい」
キャスター付きの椅子へ乱暴に腰を下ろし、新田は棟ポケットからタバコを一本取り出す。
しかし彼がライターを取り出すよりも早く、こちらが起動した魔術がタバコを半分にへし折った。
「禁煙だ、控えてもらおう」
「……失敬、どうせ魔法少女には効かないものと思っていたので。 しかし驚きました、このような手品も使えるとは」
「少し魔力の扱いを覚えれば誰でも出来る芸当さ、それよりずいぶん直球で話すものだね」
「迂遠な言い回しは必要ないでしょう、あなたは利口だ」
「警視庁のエリート様に褒められるとは嬉しいね、しかし残念だが断らせてもらうよ」
数秒、互いの間に冷ややかな沈黙が流れる。
そして見張りの一人が空気に耐えきれなかったか、鳩尾を抑えながら部屋を後にした。
「……未曽有の魔力災害、これから起きる事は誰も予測がつかないものでしょう。 すでに民衆には少しずつパニックが伝播している」
「だからこそ油を売っている暇はないと思うよ、君達も君達の仕事をしたらどうかな?」
「冷静に考えなさい、もはや皆を守るなんて綺麗事を抜かしている余裕はないんですよ」
へし折られたタバコがさらに握りつぶされ、乱暴にゴミ箱へと投げ捨てられる。
「すでに魔物の出現報告が何件も届いている、魔力の増加に比例して奴らも活発化しているんだ。 魔法少女とは言え限界がある」
「……だから初めから護衛対象を選別しろと?」
「そうですよ、命の価値は等しくない。 気の毒ですが、生き残るべき優先順位というものがある」
「…………」
「だからこそヴァイオレット、あなたには――――――なに、を……しているんです?」
「いや、いい加減我慢が限界だから終わりにしようと思ってね」
さも合意が当然だと思っていた男の顔が、みるみると移り変わっていく様はとても心が晴れるものだ。
新田を含め、周囲を取り囲む男たちの視線は自分の手のひらに収まる「杖」へと注がれていた。
「命の価値か。 調査が足りないぞ警視庁諸君、今のボクにとってその言葉は最大の地雷だ」
「今、どこから……て、手を離せ! 下手な動きは魔法局に対する敵対行為とみなし……」
「バグ技さ、テクスチャの位相をずらしていただけだよ。 僕はずっと杖を構えていた」
魔法少女ヴァイオレットとして発現した杖、ゲーマチェンジャーの画面には文字化けした文字列がびっしりと並んでいる。
自分からすれば意図的に組んだバグコードだが、周囲の男たちから見れば何が起きるか分からない不発弾が目の前にあるようなものだ。
「魔法局? 警視庁? ああいいとも、報告なり厳重体勢を敷くなり好きにしてくれ、ボクはもう君達大人の身勝手に振り回されるのはうんざりなんでね」
「ば、バカな真似は止めろ! 魔法少女事変で君が犯した罪を考えれば今の待遇は奇跡のようなものだ、それをふいにする気か!?」
「迂遠な言い回しはやめてくれよ、素直にこう言ったらどうだ? “殺さないでください”って」
「ひ、ひぃっ!!」
男の一人が恐怖に耐えかね、拳銃の引き金を引く。
しかし後頭部に直撃した弾丸はそれ以上肉を穿つことも無く、クシャリとひしゃげて床の上を転がった。
「ば、バカ撃つな! 刺激してどうする!!」
「まったくだ、外していたら流れ弾が君の仲間に当たっていたぞ?」
「う、うわああああああああ!! 化け物ぉ!!!」
潰れた弾丸に浮遊感が与えられ、天井に衝突すると同時に床から色が剥離し、キャスター付きの椅子がひも状に引き伸ばされていく。
バグで不安定になった室内に余計な衝撃を与えたせいで描写がメチャクチャになってしまっただけだが、男はそれを見て半狂乱に部屋を飛び出した。
「まあいいか、実害はないから放っておこう。 ラピリス達にボクの行動を伝えてくれるかもしれないしね」
「お、おま……おまえはっ、何をする気だ……!?」
「君達には何もしないよ? おそらく上に命令を下したお偉い方がいるのだろうね、みすみすボクを逃がした罪をたっぷり絞られると良い」
余計な動作を起こしたバグを是正し、コードを打ち込むと瞬く間に室内の描写異常は修正される。
男たちはその間にもこちらを拘束するようなそぶりも見せず、新田に至っては腰を抜かしながら震えるばかりだ。
「覚えておくといい、これが魔法少女だよ。 君達の手で御せるほど易くはない、二度と余計な欲を掻くな」
既に戦意を失った男たちを無視し、室内の角に向けて歩き出す。
本来なら在るべき当たり判定に阻まれるはずの身体は、何者にも遮られることなく沈み込む。
「おま、逃げっ……!?」
「ボクはこれから好き勝手やらせてもらうよ、君達はそこでこの街が滅茶苦茶になる様を黙って見ているが良いさ」
ラピリスたちにはしばらく歯がゆい思いをさせる事になる、だが今はどうか耐えてほしい。
終末に近づくこの世界に小さな風穴を開ける、その支度を済ませるために。




