終わりの始まり ④
警視庁、元々は東京都を管轄していた警察組織の総本部。
ただし災厄の日から“色々ないざこざ”があり、所在地は京都へと移される。
当然だがこんな東北の片隅に顔を出すほど暇ではない、まして今は天の壁が決壊した未曽有の大事件が発生している最中だ。
「これはこれは……穏やかな雰囲気ではなさそうだね、わざわざ今の東京を超えてやってきたとなると」
「ご心配なく、この街にやって来たのはつい先日の事ですので。 ある調査のためにね」
「調査……?」
「ええ、灰被りと仮称された野良の調査に」
――――動揺は表情に出なかったと思う、他の三人も上手く感情を押し殺した。
サンドリヨンという呼称、その上でこの街で活動する野良の魔法少女なんて1人しかいない。
「はあ、サンドリヨン? 聞いた事がない名前だ、一体どんな魔法少女なのかね」
(流石、なんだかんだ言って局長を名乗るだけあるネ……こんな場面で肝が据わってるヨ)
(いや、ただ単に気が付いていないだけだと思います)
(我もそう思う……)
ゴルドロスたちとの内緒話もよそに、新田と名乗った七三分けの男はわざとらしい咳ばらいを立てる。
局長のすっとぼけた反応から嘗められていると受け取ったのだろうか、彼の小鼻はヒクヒクと痙攣していた。
「サンドリヨンというのは仮称と言ったでしょう? 彼女に名はありません、しかしこの街で活動していたという証拠は揃っているんですよ」
そう言いながら彼がテーブルに投げだしたのは何枚かの写真だ。
小さな描画対象を無理矢理引き延ばしたのだろう、改造の低い写真にはどれも見覚えのある人物が映っている。
「ハイウェイ事件の監視カメラ映像を引き延ばしたものです、辛うじて生き残っていたものからデータをサルベージするには苦労しました」
「……警視庁というのも暇なんだね、この写真もなかなかいい仕事しているじゃないか」
「東北で頻発する魔力災害事件、その渦中に必ず彼女の影がある。 我々が調査に動いてもおかしくはないでしょう、なにせあの魔法少女ヴァイオレットを抱えている魔法局だ」
「…………」
含みを持たせた言い方とともにドクターへ向けられたのは猜疑の視線だ。
確かに今こそ以前と同じように行動を共にしているが、かつてのドクターはローレルと協力関係にあったいわば裏切り者の魔法少女だ。
「裏切りの魔法少女」と「魔力汚染に関わる謎の野良」が同じ場所で活動している、傍から見ればこれほど怪しい土地はない。
「槻波局長殿。 単刀直入に言いましょう、我々はあなたがたが今回の事件にも大きく関わっているのではないかと疑っている」
「な、なにぃ!? なんの根拠があって……うん、あるねぇ……」
「ご理解いただき光栄です。 ただでさえローレルと根深いつながりがあったのですから、しばらくはあなた方の行動は我々が監視させていただきます」
「ま、待ってください! 監視だなんてそんな……」
「そうだそうだ、弁護士を呼んでくれ。 それにボクの身柄に関しては魔法局本部長である十角 桜氏から特例許可が出ているはずだ」
「いいえ、その免罪符は既に失効しています。 少々状況が変わったもので」
ドクターの背後に位置した男たちが一斉に拳銃を取り出し、その銃口を突きつける。
脅しではない、もしもドクターが変な動きを見せれば即座に引き金を引く気だ。
「き、君達!? 子供相手になんて真似を……」
「魔法少女に“ただの子供”なんて言い訳はもう通用しないんですよ、局長殿」
「そんなわけはないだろう!! 良いからその手を降ろせ、さもなければ……」
「局長、それ以上は良い。 魔法局と警視庁の戦争を始める気か?」
銃口を向けられたドクターが局長を諭すと、気分が悪そうに新田と名乗った男が鼻を鳴らす。
こんな状況でさえ彼女は冷静だ、お蔭で今にも爆発しそうな場の空気もギリギリのところで均衡を保っている。
「それに、たとえ鉛弾を撃ち込まれたとしてもボクの髪の毛一本でも穿つことは出来ないよ」
「ええまったく、その通りですよ。 本当に魔法少女とは厄介な存在だ」
「……状況が変わった、か。 魔力が溢れたことと関係があるのだろう? おおかたお偉方が欲を掻き始めたか」
「ど、ドクター? ちょっと私にも分かるように話してくれないカナ?」
「構わないさ、どうせボクたちはこれから厳重監視対象だ。 時間なら腐るほどある……だろう?」
「まったく、本当に小学生なのか疑わしい……」
壁の崩壊と同時に、私達の世界が大きく変わっていく。
それはまるでこれから「終わり」に向かって転げ落ちるような……嫌な予感が私の胸に駆け巡った。




