終わりの始まり ②
「これは……何が起きているんですか」
魔法局内の会議室、壁に立てかけられたモニターを全員が言葉を失いながら見つめる。
画面に映っているのはこの時間ではお決まりのニュース番組だ、ただし番組に走る緊張感はいつものものではない。
繰り返し避難を呼びかけるキャスター、画面上部に耐えず表示される緊急テロップ、そして遠巻きから撮影されたものだろう東京の全貌。
「なぜ……“天の壁”が消えているのだね!?」
「そんなことこちらが聞きたい……だが非常にまずい状況だというのは確かだ」
かつてはオーキスたちと戦い、そして私がローレルによって生贄にされかけた地。
ただテレビ画面いっぱいに映るその東京には、本来ある恥ずべきのもの……魔力の流出を防ぐ壁が塵ひとつ残らず消失していたのだ。
「局長、とにかくまずは他の支部と連絡を取ってください、東京に近い県から優先的に!」
「わわわ分かった! 君達はえっと……近隣住民の避難準備を! もしも東京の壁が本当に壊れたのならじきに東北まで届くぞ、魔力の波が!」
「了解です! ドクターも一緒に……」
「いやあ、どうなってるんだろうねこれ。 原因がさっぱりわからない」
「何落ち着いてるんですかあなた!!」
一刻も早く行動しなければいけないというのに、ドクターはソファに腰かけて呑気にコーヒーを啜っていた。
「まあ待て、焦りは危険だ。 緊急現場でパニックが感染すれば余計な被害が広がりかねない」
「ですが……!」
「魔力の拡散速度は測りかねるが、東北に届くまでには薄まっている。 少なくとも東京内部のような即死レベルの濃度ではないはずだ」
話しながらドクターは、ティースプーンでかき混ぜたコーヒーへミルクを流し込む。
コーヒーの液面に白いマーブル模様を描きながら広がるそれは次第に攪拌され、やがて完全に混ざり合った茶色へと変わる。
「この状況を魔法少女ロウゼキが黙って見ているはずがない、ボクらはまず自分たちの担当区域の混乱を抑えることが仕事だ」
「むぅ……分かりました」
「コルトは今シルヴァと一緒に病院か、あちらにも連絡が必要だろう。 通常回線はパンクしているだろうからこちらで迎えに行こうか」
十分冷ましたコーヒーを飲み干し、ドクターが席を立つ。
私も同行しようと後を追う最中、ふと視界の端で捕らえたTV画面に目が引かれて足を止めてしまった。
「……ラピリス? どうした」
「…………ドクター、あれ」
恐らくヘリから撮影したものだろう。 魔力の影響を逃れるためか、かなりの高所からズームされた東京の俯瞰映像が流れている。
2度の事件を得て破壊に破壊を重ねた東京はとても見通しが良い、だからこそ見逃さなかった。
辛うじて原形をとどめている建物――――その中へ入って行く2人分の人影を。
「今のは……待て、ラピリス。 どこに行く気だ」
「決まっています、東京です」
「駄目だ、壁が消えてもあの中が危険地帯なのは変わらない」
「ええ、だからこそ今の東京で生存できる人間なんて他に思い当たらない!」
東京から動いていないことはドクターの予想通り、ただ突入に耐えうる耐性が無かったから手が出せないでいた。
ロウゼキさんへ相談しながらも歯がゆい思いをしていたが、存在を確認してしまった以上はもう我慢できない。
「今の映像で気づいたのが私達だけとは思えません、きっとすぐに他の人が情報を拡散する。 壁が消えた東京内に動く人影の情報を、ですよ」
「……間違いなく関連付けられるだろうな、真相はともかくとして」
「今の彼女達は危険な立場に置かれようとしています、それに何が起きたか貴重な情報を握っている可能性も高い。 保護すべき対象ではないですか?」
「だとしてもそれはボクたちの仕事じゃない、必要ならば東京近辺の支部から派遣されるはずだ」
「必要なのは“保護”ですか? “排除”ですか?」
「…………」
ドクターの沈黙がほとんど答えだ。 すでにブルームスターにはデュラハン戦での「前科」がある。
もし映像の精査が進み、ブルームスターの正体が割れてしまえば今度こそ彼女の帰る場所はなくなってしまうかもしれない。
「駄目で元々、トライ&エラーでしたよね。 この街の魔法少女を迎えに行ってきます」
「……待て、ラピリス」
「待てません、止めるというのなら無理やりにでも押し通ります!」
「駄目だ、せめて一日待て。 壁が消えても東京の濃度はまだ高い、もう少し拡散を待たないと犬死だぞ」
「…………へっ?」
頭を抱えたドクターが大きなため息を吐き出し、手元の匙を投げるようなそぶりを見せる。
「こちらも急ぎ準備を進めるよ、ブルームスター捕獲作戦。 だから一日待ってくれ、これが最大の譲歩だ」
「ドクター……!」
「君はどうせ話を聞かないだろうからね、分の悪い賭けは大嫌いだが今回は乗るしかない」
するとドクターは白衣のポケットをまさぐり、真っ白なゲームカセットを取り出す。
それはいつぞやも見せてくれたなんのタイトルも印字されていないものだ。
「……君のペンダントを貸せ、ラピリス。 急ごしらえだが会話する時間ぐらいはボクが作ろう」




