終わりの始まり ①
「お兄ちゃん……お兄ちゃん、起きて!」
「うっ……スノー……――――体はっ!?」
激しく揺すられる衝撃で覚醒すると、土ぼこりに汚れたスノーフレイクの顔が俺を見下ろしていた。
跳ね起きて思わず彼女の肩を掴むが、ンロギによって貫かれた痕跡はどこにもない。
「お、お兄ちゃんそんな……こんなところでなんて……」
「ふざけてる場合か! 傷はどうした!?」
「えへへ、大丈夫だよ。 私の体、もう人間じゃないから」
「――――……そう、か」
心臓を貫通する刺突、人間ならば間違いなく致命傷になる一撃だ。
だがスノーフレイクは人体構造から異なる、内臓の代わりに存在するのは核となる賢者の石だ。
だから大丈夫、と言いたいのだろうが……
「それより壁だよ壁! 大変だよ兄ちゃん!」
《マスター、起きましたか! ロウゼキさんから連絡来てますよ!》
「ハク……分かった、繋げるか?」
《はい、すぐにつなぎますからそのまま安静に!》
虚空から現れたスマホが一瞬バイブを鳴らし、すぐに通話画面へと切り替わる。
しかし通話口から声よりも先に聞こえて来たのは、遠くから響く人々の阿鼻叫喚だった。
『ブルームはん、無事か?』
「俺は問題ないけど……いや、そちらこそ大丈夫か?」
『命あるだけ儲けもんや、けど状況はまずいことになってもうた』
「ああ、壁のことだな?」
俺が気絶していたのはンロギと戦っていた現場から殆ど離れていない。
周囲もほとんど変わらず東京の荒廃とした風景が広がっているが、ただ一つ。 東京のどこにいようと見えるはずの壁がどこにもない。
「…………壁が崩壊してからどれぐらい時間が過ぎた?」
『1時間ほど。 埼玉、千葉、神奈川、山梨はもちろんその他の県にも魔力被害が広がりつつあるわ』
「クソ……ッ!」
東京都内に魔力を留めていたダムがいきなり消失したのだ、被害がどこまで広がるのかなどもはや計り知れない。
後ろから聞こえる狂騒からしてすでに外の世界にはパニックが広がりつつある、最悪の状況だ。
『とにかく無事ならええわ、今はとにかく動ける魔法少女を集めて避難誘導中やさかい。 魔力も濃くなると電子機器も使えへんからな』
「わかった、なら俺も……」
なら俺も――――何をすればいい?
この魔力が溢れる体で何ができる。 避難誘導の手伝いなどできやしない、ただの足手まといだ。
いずれ日本中に拡散するこの惨状を、俺はただ指を咥えて見ている事しかできないのか。
「お兄ちゃん、少し休もう。 今は心が疲れているんだよ」
「…………ロウゼキ、避難誘導は……間に合うのか?」
『努力はする、それでも良くて“8割”や』
「っ―――――」
人は魔力汚染に耐えられない、それも魔法少女すら命にかかわる濃度だ。
東京から拡散して多少薄まろうが、逃げ遅れた人たちが浴びれば……
「ごめん、お兄ちゃんの手当てもあるから一度切るね」
『……分かった、落ち着いたころに掛け直すわ。 今は体を休めとき』
スノーフレイクがスマホを掠め取り、強制的に通話を終了する。
治療なんて嘘だ。 ンロギによって阻まれていた再生能力もまた機能し始めて来た、傷なんてもうじき消えてなくなる。
「ハク、俺はいま何ができる?」
《それ、は……えっと……》
「悔しいけど何もないよ。 私達がここから動けば余計な被害が増える、今のロウゼキって人からまた連絡が来るまで待つしかないんだ」
「そんなの待っていられるか!!」
殴り付けた地面が砕け、小さなクレーターが出来る、この馬鹿げた力があれば何人も抱えて避難できるはずだ。
頭の中に思いつくありったけの魔法を行使すればより多くの人間が助かるはずだ。
なのにその魔法が、魔力が、俺自身が人々を殺す原因でしかない。
「こんなものッ! こんな力なんていらなかったッ!! 何も救えずに何が魔法だ、何が魔法少女だ!! 何が……何が夢のエネルギーだ!!」
「お兄ちゃん……」
ンロギの高笑いが頭の中にこびりついて離れない。
何なんだアイツは、どうしてここまで人を虚仮にできる。 なんでここまで悪意を懐いて人を殺せる。
どうしてそこまで信じて生きていられる、自分を中心にして世界が回っていると。
「……殺してやる」
渾身の呪詛が籠ったその言葉は、知らずに自分の口から零れていた。
自分は何処か甘えていたのだろうか、まだあの男にも人の心があるのだと。
「あいつだけは俺が、必ず……!」
この悔恨を忘れない、胸を灯す炎へ変えて奴を焦がすために。
だから決めたよ、ンロギ・グ。 お前の最期は火あぶりだ。
考えうる最悪の薪に焼べて、お前を殺してやる。




