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杞憂に非ず ⑥

「ロウゼキさ……」


「ごめんなぁ、ボイジャーはんを見捨てられへんのはうちの弱さや」


ロウゼキさんが投げたスイッチは阻まれることなく、分身たちの一人が回収する。

魔法少女(わたし)(デコ)ったものだからそれなりの強度はあるはずだが、軽く握られたスイッチはバキリと音を立て、内容物ごと砂になるまで砕かれてしまった。


「あとお前の懐にも隠し持ってたよなぁ?」


「うぐぐ……! ちょっ、触んな! えっち、すけべ!」


押さえつけられる中、芋虫のように身を捩ってもむなしい抵抗にしかならない。

懐に抱きかかえていた2つのスイッチを奪い取られ、同じように砕かれる。


「ふぅん、こんなもん――――ぱ゛っ」


目的のものを破壊したことで僅かに気が緩んだのだろう。 そしてその隙を見逃すほど魔法少女ロウゼキは甘くない。

僅かな所作で撃ち出した小石の指弾が分身の頭部を粉みじんに砕き、息つく間もなく距離を詰めた桜色の残像が一面の敵を蹂躙する。

1秒も過ぎていない中で行われた惨劇、つくづく彼女が味方でよかったと思うしかない神業だ。


「あ゛ぁ゛? うざってぇ、人質は返すって言ってるのにさぁ!」


「アホぬかし、うちが動かなかったら頭潰す気だったやろ」


「ぴ、ぴえ……」


「ほな、お暇させてもらうわ。 しっかり掴まっとき」


辺り一面にさっきまで生きていたものを辺り一面にぶちまけながら、私を引っ掴んだロウゼキさんが着地。

そして被害を逃れた分身たちが波となって押し寄せるよりも早く、踏み出した一歩が立ちふさがる肉壁に風穴を開けた。

風を切り裂く神速の一歩、“破壊”の力を全力で解放した本気の疾走は立ちはだかる障害物を全て薙ぎ倒し、天の壁さえ貫いて東京を脱した。


「ふ、ぐぅ……ぁ……! 全身、いったぁ……!」


「ボイジャーはん、動ける? まだ油断したらあかんよ」


「わ、分かってま……ロウゼキさん、その足!?」


着地もままならないまま、2人揃って投げ出された東京外の荒れ地を転がる。

それでも痛む身体に鞭打って立ち上がる……が、ロウゼキさんは倒れ伏したままだ。

なぜなら彼女の左足は膝から先が千切れ、傷口からは鮮血が止めどなく溢れている。


「ふふ、最後にお土産持たされてもうたわ……これはもう、治らんなぁ」


「だ、大丈夫! うちがなんとか……なんとか……っ」


とにかく簡易的な止血を施し、動けないロウゼキさんを担いで東京から逃げるべく歩き出す。

2人揃ってボロボロでその歩みは遅い、それに壁の中にはまだネロぴたちも残っている。

気にならないはずがない、悔しくないわけがない、それでも私じゃ足手まといになる。 絶対に戻っちゃ駄目なんだ。


「うちは大丈夫、足かて勝手に傷も塞がるわ……」


「ふぐ、ううぅぅう……! でも、でも……!」


私達のナメクジのような逃走に対し、壁の向こうから追手が現れる様子はない。

相手も目的を果たした以上、私達の事は無理して追う必要はないと判断したのだろうか。

だとすれば助かる話だが、複雑な心境だ。


「あの3人なら大丈夫や、気にしたらあかんよ。 魔法陣の回収に失敗したのは残念やけど、命あっての……」


「ううぐぅ……うぇえオロロロロロ……」


「は、吐くほどなん?」


「ぴえぇん、気持ち悪……うち、これだけは何とか守ったし…」


魔法少女にあるまじき[自主規制(マーライオン)]の中、酸っぱいもののなかに交じって出て来たのは手のひらサイズのボックスだ。

あの分身たちに破壊されたスイッチが全てじゃない。 フラッシュバンを焚いた際に一つだけ胃の中に隠していたのだ。

ロウゼキさんだけでも逃げてくれれば、最悪私の死体から回収してもらえればいい。 苦肉の策だったがなんとかうまくいった。


「えへへ、これでネロぴに顔向けできる……帰ったらタコパっしょ!」


「はぁ、ボイジャーはんも無茶しはるわぁ」


「魔法少女だもの、それにロウゼキさんほどじゃ……」


膝から先の欠損、たとえ彼女の再生能力を持っても完治は不可能な傷だ。

当初の目的こそは果たせたが、代わりに失ったものは最強の魔法少女の片足だ。 対価としては吊り合う気がしない。


「二人生きて帰っただけ儲けや、それに――――」


「……? ロウゼキさん、どうし……」


何かを言いかけたロウゼキさんが目を見開き、背後を振り返る。

追手は……ない、あるのは荒れ地と天の壁だけだ。

あれから大分距離は離れたはずだが、距離感の狂う壁は相変わらず雲を突き抜けて――――



「………………うそ」


その言葉が私の口から零れたのか、それともロウゼキさんが漏らしたのか、分からない。

ただ二人とも同じ感想を懐いたはずだ。 なぜなら天を貫くはずの壁が、()()()()()()()()()


いつの間にか壁の上部が雲よりも下がっている、今こうして見上げている間にも少しずつ。

風に吹かれた砂塵のように、天の壁が上部から風化して消えていく。


「なんで、どうして……何が、起きて……?」


瓦解する、天を支えるように聳え立っていた壁が。

誰も考えなかったわけじゃない、“魔力を抑え込むあの壁がいつか壊れたらどうするのか?”と。

ただそれは杞憂だったはずだ、今の今までは。


杞憂に非ず。 災厄の日から10年が過ぎた今、唐突にこの世界の日常は崩落した。

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