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何が彼を突き動かすのか ①

「なんすか、それ?」


「とぼけなくていいわ、話は大体この子から聞いているから」


……ハクめ、たまに姿を消すと思ったらそういうことか。

俺の状況を逐一優子さんに報告していたわけか、そうかそうかつまりお前はそういう奴だったのか。


「言っておくけど、聞いたと言ってもそれほど詳しい事情を聞いたわけじゃないわ」


「……へっ?」


どういうことだ、てっきりハクから諸々の説明は受けているものかと思ったが。

嘘か? いや、だとしてもこの場でよく分からない嘘をついてどうなる?


「もし詳しく聞いてしまったら私はあんたをぶん殴っても止めないといけない気がするから、それでも素直に首は振らないでしょう?」


「ははっ……よく知ってますね」


「何年一緒に過ごしてきたと思ってんのよ、だからこれが妥協点。 私はこの子の愚痴を聞いただけ、それ以上は何も詮索しないわ」


「んむぅ……お兄さん……」


担がれたまま寝言を漏らすアオの背中を優しく叩いて、彼女は階段を上がって行く。

本当にこのまま何も言わない気なのか?


「ほら、あんたもそろそろ帰りなさい」


《……はい》


短い通知音を鳴らしてポケットの中のスマホが震える。

取り出してみればそこにはしょぼくれた顔のハクが映っていた。


「本当は私からも何か言うべきなんだろうけど、何も言わないわ。 今のアンタに何言っても無駄だと思うから」


「……そっすか」


優子さんの姿が二階へと消える、明りの消えた店内には俺とハクの2人だけが残された。

着替えが欲しいが、さっきの今で後を追うように二階へ上がるのは(はばか)られる。

手持ち無沙汰なまま、俺はとりあえず適当な席に腰掛けた。


《……お風呂入ってきたらどうですか、風邪引きますよ》


「これぐらい心配ねえよ、お前は俺のおかんかよ」


《おかんじゃないですけど心配ですよ、逆にマスターは自分の身体に無頓着すぎます》


「お前には関係ないだろ、別に俺が死んだところで別の宿主を探せばいいさ」


《マスターはマスターです、代わりなんていません!》


「探せばいるさ、それこそお前好みの奴ならごまんといる」


《……自分を過小評価しすぎですよ、マスター》


「どこがだ、だって俺は……」


俺は、という台詞の先が続かない。

何時だって愚図な自分を殴りつけるために繰り返してきた言葉が、なぜか今となっては上手く吐き出すこともできない。

ふざけるなよ、今更目を背けようなんて都合のいい真似が押し通るものか。


「俺、は……妹を……」


《殺したから、なんて言わないでください。 だってそれは魔物がやった事です、マスターが悪い訳じゃない》


「変わらない、原因を作ったのは俺だ。 責任がゼロだなんて言えるか?」


《それは……》


ハクが口ごもる、それを機に会話を断ち切ろうと俺はスマホを置いて階段を上がった。

付き合いも短いアイツに何が分かる、魔人なんてどうせ魔物の仲間みたいなもので……


「……――――」


……駄目だな、あの黒い姿に変わってからたまに胸の奥で何かが疼く。

ハクは悪い奴じゃない、そう信じたいのに心の底でどろどろと渦巻く何かが踏みにじって否定する。


「……クズはどこまで行ってもクズって事か」


シャワーでも浴びて気分でも変えよう、今またハクと顔を合わせると余計な事を言ってしまいそうだ。

自室の扉を開いて着替えを探す、少し温まったらあとはこの睡魔に従ってしまおう。



――――――――…………

――――……

――…



「……そう、やっぱり一発殴っておくべきだったかしら」


《いやあの、余計に話がこじれそうなのでそういうのはちょっと……》


マスターが風呂場へと向かった後、店長に呼び出しを喰らった私は再度彼女のスマホへと身を移した。

電子タバコを加えた彼女の後ろではベッドで心地よさげに寝息を立てる葵ちゃんの姿も見える、可愛い。


《何か言おうと思っても、私全然マスターの事を知らなくて……一体なんて声をかければ》


「そんなこと知ったことじゃないわ」


《ご無体な!?》


つい声を荒げてしまった口を両手で抑える、ベッドの中の葵ちゃんはモゾモゾと動いてまた安らかな寝息を立て始めた。

その額を店長が優しく撫でる、我が子を見守るその顔はまさしく母親のそれだ。


「……私はなんであいつがあそこまで自分を追い詰めたのか、その原因も知らない。 だから『間違ってる』なんて簡単には言えないわ」


《それは……その、妹さんが目の前で亡くなったからでは》


「それは切っ掛け、問題はその先ね。 負い目を感じているのならとっくに死んで償ってもおかしくはないでしょうに、どうしてまだあの子は生きて何かをしようとしているのかしらね?」


《……何が彼を突き動かすのか》


足を止め、思考を捨ててしまわずにマスターが歩き続ける理由。

結果的に死に急ぐことになろうとも彼は決して早急な自殺を望んでいる訳ではない、だとすれば……


「……スノーフレイク、妹が名乗っていた魔法少女名らしいわ。 あんたなら何か分かるかもしれない」


《ありがとうございます、近いうちにもう一度マスターと話し合ってみます!》


そうと決まれば善は急げだ、マスターのスマホに戻るや否や検索エンジンを叩く。

まずマスターの過去を知る事から始めなければ、同じ舞台にすら上がれない。



――――――――…………

――――……

――…



《おひゃようごじゃいますましゅたー……》


「……酷い面だなお前」


結局あれから徹夜してしまった、魔人でも眠らないと疲れるし辛い。

マスターに指摘されてしまった通り、今の私はとてもひどい顔をしているのだろう。


《マスターこそ大丈夫ですかぁ……今日も一日頑張りましょー……》


「ンな顔で言われても説得力がねえよ、あー……まあ、なんつーか昨日は悪かったな」


《はいぃ……?》


「ちょっと俺もイライラしてた、許してくれ……つっても難しい話だよな」


私が不調な原因を昨日の喧嘩ととらえたのか、マスターは気まずそうに頬をポリポリ掻いて謝罪する。

タダの寝不足なのに、しかし否定しようにも理由を正直に説明するわけにもいかず口籠ってしまう。

……マスターの目の下にもうっすらクマが刻まれていた。


「お前は寝てていいよ、どうせ今日も店は暇だろうし俺も楽して……」


 ―――HEY! おにーさんはいるカナー!!


まだ準備中の札もひっくり返していないというのに、表の方から聞きなれた声が聞こえてくる。

もしや彼女もマスターの事を心配してきたのだろうか?


「……という訳にはいかなさそうだな、ちょっと行ってくる」


《お大事にー……》


ちょっと疲れた顔を見せたマスターが私を胸ポケットにしまい込んで階段を下りていく。

さて調べ物の続きだ、とはいってもかなり前から行き詰っているのだけれども。


《うーん、スノーフレイクで調べても花の名前や車ぐらいしか出てこないんですよねー……》


魔法少女スノーフレイク、名前の元はそのままヒガンバナ科の花である「スノーフレーク」の事だろうか。

分かり易い名前だからこそ逆に調べにくい、前にマスターから聞いた本名などを織り交ぜて調べてみるが成果は乏しい、魔法局のHPや非公式の魔法少女wikiを漁って見てもそれらしい情報はない。

妙だ、仮にも公式の魔法少女だった人物の情報がここまで見当たらないなんてことがあり得るだろうか?


《うーん……こうなったら“あれ”しかないですかね》


表に出てこないのならもっと深層まで、電子の世界に生きる私なら厳重なセキュリティが掛かったエリアやとうに廃棄されて一生表沙汰にならないような埃を被った情報までアクセスすることができる。


……ただ相応のリスクも伴う、セキュリティに雁字搦めに掴まったりあまり深い所まで潜れば二度と戻って来ることができない危険性が高い。


《…………それでも》


何故だろう、付き合いも短いはずの彼のためにここまで身を削る必要なんてないはずなのに。

『だとしても』と私を揺さぶる者は一体何なのだろうか。


《よし! 腹ぁ括りました、待ってなさいよマスター! 絶対にあなたを独り善がりな自己犠牲に死なせません!》


覚悟を決めて、ネットワークを伝って深い底へと潜り始める。

目指すは魔法局の奥の奥、そこにならきっとスノーフレイクに関する情報もあるはず。

絶対に見つけて、戻ってきたら文句の一つでも言ってやる――――

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