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たった一人の冴えないやり方 ⑤

「……ほ、ほぎゃあぁー!!?」


『キュロロロロロ……』


粘性の強い唾液が糸を引いて床に滴る、たちまち広がる悪臭は鼻がひん曲がりそうだ。

鋸のような歯が並んだ口腔はとてもじゃないが草食的なものではない、滴る唾液は「餌」を見つけた喜びからくるものだ。


「な、な、な、なんなのよお前! わた、私食べてもおいしくないわよ!?」


決してミミズから目線は外さず、じりじりと後ずさる。

いくら優秀な私とはいえ、単体の戦闘力はたかが知れている。 ワイズマンはあくまで補助装置だ。

とてもじゃないがこんな知性の欠片もない魔物に敵う訳もない、逃げの一手だ。


『キュロロロロ……?』


「な、何見てんのよこいつぅ……!」


簡易的な魔術による目くらましなど自衛手段がないわけではないが、そもそもこの魔物は眼があるのかすら怪しい。

嗅覚や聴覚で餌の位置を感知しているなら余計に相手を刺激するどころか、隙を見せた途端、丸のみにされかねない。

逃げるにしても勝負は一瞬、確実に相手を怯ませる手段を考えながら冷静に逃走経路を考えなければ。


『キュロロ――――ン バ ァ 』


「ひっ…………ちょちょちょ、待った待ってタンマタンマ!」


しかし思慮に耽る私を待ってくれるほどの甲斐性も無く、ミミズはゴムのような胴体を伸ばして私に迫る。

大口を開けた頭部は私をすっぽり飲み込んで余りある口径だ、踵を返して逃げようとするがもう間に合わな―――


「っ…………!」


≪――――BURNING STAKE!!≫


特に思い返すほどの記憶もない走馬灯が過るが、いつまでも恐れていた苦痛はやってこない。

恐る恐る目を開くと、眼前まで迫っていたミミズの牙はどこにもなく、代わりに火の粉とマフラーをたなびかせる魔法少女の背が見えた。


「あ、あんた……賢者の石の!」


「………………」


それは忌々しい旧型機を連れた賢者の石の保有者、確かブルームとかブルーノとか呼称されていたやつだった。

だが様子がおかしい。 衣装はワイズマンのそれとは異なる古いもので、こちらを見向きもしない。

言葉も発さず、ただ一撃でノックアウトされたミミズを見下ろしていた。 どうにものその佇まいからは生気が感じられない。


「……? ねえ、ちょっとあんた。 何してんの、トドメ刺すならさっさと刺しなさいよ」


不自然なほど微動だにしない彼女の肩を掴んだところで、ようやくその正体に気付いた。

ノイズが走ったように触れた部分がぼやける、そして掌から伝わる単調な魔力のパターン。 

これは人間ではなく、精巧に複製されたただの人形だ。 まさかわざわざ私を守るためにあの魔法少女が作ったとでもいうのか。


「ふ、ふんっ! 誰も助けてなんて頼んでないってのに……」


「………………」


「何よその顔! ……って、ちょっとちょっと! 何消えようとしてんのお前!?」


強がって見せたら真に受けたのか、複製人形の身体は徐々に透けて消え始める。

ミミズは気絶こそしたが死んだわけじゃない、こいつが消えると次こそ私は丸のみだ。


『キュロ……ロ……』


「ひぃっ!? ちょちょちょ、消えるならその前にトドメ刺して行けっての! ハリー!!」


「………………」


しかし私の訴えはむなしく、木偶人形は何も言わないまま消滅してしまった。

ミミズは今にも覚醒しそうな身じろぎを見せている、逃げるにしても残された猶予はせいぜい数秒だ。

それでも私の完璧な脚力を考えればおっぺけぺのところに帰還するには十分な猶予、だが……


「………………ああ、もう!!」


駆け出し、床に転がった箱型装置を拾い上げる。

即座に足元へ押し付けてスイッチを押し込めば、床面に刻まれた魔法陣が一瞬で消えさった。

足元の石材を魔法陣ごと削って収納したのだろうか、心なしか装置はスイッチを押し込む前より重くなった気がする。


「よ、よーし! 回収した、これで文句は言わせないわよおっぺけぺ!!」


『キュロロ……ロロロロロロォー!!!』


「うおおおおおお!! これで死んだら化けて出るんだからねー!!!」


数秒の猶予を馬鹿な事に消費してしまった代償は、よーいどんで始まる命がけの鬼ごっこだ。

我ながら非合理的だ、約束など無視して逃げたとしてもあのお優しい魔法少女たちなら理解してくれるだろうに。


……そうだ、自分達の戦いがあるというのに敵である私を助けるほどあの魔法少女たちは優しい。

だから自分の立場すら忘れ、その優しさに甘えてしまうのは私の中の何かが許せなかった。


「私は完璧よ……完璧なんだから……借りなんて一切作らないんだからねー!!」


『ギュロロロロォー!!!』


激昂したミミズに追われながら、薄暗い通路を全力で疾走する。

おっぺけぺのところまで間に合うかなんてわからないし考える余裕もない、それでも後悔だけはしたくなかった。


例え無様で冴えないやり方だとしても、私だけは私を信じて行動したのだから。

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