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たった一人の冴えないやり方 ③

「ふぅー…………」


肺の中の空気をすべて吐き出し、氷点下まで凍り付いた大気を吸い込む。

正直な話、この手段は気が乗らない。 私の消耗も大きいし魔力の浪費も激しい。

それでもダラダラと戦闘を長引かせるより汚染度合いは安い、だから仕方ないのだ。


「悪いけどあなたの剣技に付き合う気はないんだ、文句ならいくらでも言っていいよ」


意識を研ぎ澄まし、冷気となってゆっくりと溢れる魔力の末端まで神経を張り巡らせる。

もはや自分の防御すら考える余裕もない、この瞬間にでも刃を抜かれれば無防備にも斬り捨てられるだけだ。

だがそれでいい、どうせあの魔人の刀は私の元まで届かないのだから。


「先に言っておくけど、退いたほうが良い……でないと、あなたは後悔することになる」


そして私はゆっくりと、眠るように目を閉じた。



――――――――…………

――――……

――…



奇怪。 少女の行動が理解できぬ自分がいた。

なぜその瞼を閉ざすのか、心眼に至ったわけではあるまい。

我が太刀を一度とも躱せぬお前がなぜ、さらなる窮地へ自らを追い込むのか。


『―――――……』


少女は瞳を閉じたまま微動だにしない、凍てつく大気に包まれ肌に霜が張り付こうが意にも介さないままに。

鞘を握る腕に力が籠る、自分は侮辱されているのだろうか。

それとも罠か、あまりにも隙だらけな姿はこの数秒だけで数十回は殺せる。


……感覚を研ぎ澄まし、周囲を探る。 しかし濃密な魔力以外は何の仕掛けも感じ取れない。

万物を凍結させるという少女の魔法は驚異的だ、しかしこの身に宿る剣技はその上を行く。

現に少女は一度も対応できていないではないか、紙一重の防戦を繰り返しているだけだ。


得体が知れない、相手の真意が読めない。  互いに動き出せない硬直の時間が続く。

――――否、この時間こそが奴の策略か。


すでにほかの魔人の気配は絶えている、十中八九魔法少女たちに負けた。

そこへ残ったのは我々が相対する硬直した戦場、加勢に参じるのは自明の理。

つまりこの少女の策とはただの時間稼ぎに過ぎないのではないだろうか。


『―――――……』


確証はないが、どうあれこのまま時間を稼がせてはならないのは確かだ。

どのような罠があろうと関係ない、我が一刀は全てを斬り伏せてきた。

狙うは無防備に首を垂れるその頭、苦しむ間もなく刈り取ってくれる。


そして全力の集中を込めた刃を引き抜いた―――――その瞬間、己が全身に(つんざ)くような激痛が迸る。


『ッ……――――――z_____!!!?!!?!!!?!!?』


「……警告したんだけどなぁ、私は」


生皮を剥がし煮え湯を浴びせかけられるような苦痛、自分のものとは思えない無様な絶叫が響き渡る。

気絶することすらできない痛みの波濤が絶えず押し寄せる、何が起きたのか一切分からない。

そして悶えてのたうち回る中、自らの腕を視界に収めてようやくこの体に起きた異変を知る。


「過冷却って知ってる? 仕組みはあれと一緒、とっくに凍結するほどの魔力を展開していただけ」


――――凍っていた、籠手の内部に潜りこみ隙間という隙間を埋めるほどに。

針状に伸びた霜は恐らく肉をかき分けてこの身体に宿る神経を貫いている。


「飽和した魔力は些細な衝撃で凍り付く、動けば動くほど肉に食い込み骨を抉る。 ()()()()()()


少女の顔には、霜が張り付いていた。 あれは冷気のせいではない、自らの魔力に傷つけられていたからだ。

なるほど仕組みは理解した、つまり身動きを止めれば良い。 衝撃さえ与えなければさらなる激痛に苛まれる事はない。


『ッ……! ッ……ァ……――――――ッッッ――――――!!!!!』


……()()()()()


「下手に人らしい知性があるから、痛みに耐えられない。 苦痛に身を捩って余計に傷を広げると分かっていても」


身体が言う事を聞かない、身体が氷に覆われていくというのに。

理解している、衝撃を与えなければ良いのだ。 少なくともこれ以上悪化することはなくなる。

分かっているはずなのに、のたうち回る身体は自分の意志では止められない。


「全身が焼き切れるほどに痛いよね。 でも……お兄ちゃんはこんな痛みの中で戦っていたんだ」


凍る、凍る、凍り尽く。 骨の髄まで冷めぬ苦痛に呑まれたまま。

いやだ、いやだいやだいやだいやだ。 もしこのまま完全に凍り付いてしまったらどうなる?

殺してくれ、今すぐに殺してくれ。 この痛みに覆われて凍るのはいやだ。


「黒衣だったかな、ふふ……やっぱりすごいなぁ、お兄ちゃんは」


少女はすでに目の前で悶絶する魔人の事など考えてはいない。

いやだ、せめて……死闘の末に、殺してくれ。 こんな終わり方は嫌だ。

このまま凍り付くくらいなら、いっしょ、おま え   も   。


「……ああ、残念。 あなたは耐えられなかったみたいだね」


最期に握った刀は少女の喉笛に届くことはなく、その寸前で停止する。

一生醒めぬ苦痛の中で、己が身体は氷の牢に閉ざされた。

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