たった一人の冴えないやり方 ①
「ふぅ、ほんまにしょうもない相手やったわぁ」
風化する妖精の遺体を見届けながら、ため息が零れる。
肉体ごと砕いてしまったのか、魔石の欠片も残らない。 これでは自分が消耗しただけ収支が赤字だ。
ただうなだれてばかりもいられない、まだ後輩たちが戦っているのだから。
「さて、他の戦いはどないなって……けふっ」
咳き込む口元を反射的に抑えた袖に鮮血が滲む。
肺が泡立つように痛む、腐れ爛れる端から無理矢理再生を掛けているのだから無理はない。
妖精を相手に見栄を切ったが、半分は嘘だ。 毒の影響は完全に殺したわけではないのだから。
「はぁ、しんど……いややわぁ、染みになったらどないするん……」
それでも本体を殺した以上はもうじき毒も失せ、再生する力が勝るだろう。
……“生き残る”ための力、10年前のあの日から何度助けられたかもわからない借り物の一つだ。
おかげでまだ戦える、私達の後に続く数多の魔法少女のために。
「……皆、生きてはるな。 ほな、ええわ」
味方の気配はまだ生きている、膨大な魔力の気配はブルームスターのものだろう。
ボイジャーたちも無事だ、位置からして自分の仕事をこなしている最中か。
残る一つの気配は……まだ苦戦しているようだ。
「ふふ、どないしようなぁ……どっち助けに行こか」
戦闘力の低いボイジャーをこの街で放置しておくのは不安が残る。
ただ、戦闘が長引いているもう一人の戦況も心配だ。
……さて、いう事を聞かないこの身体でどちらに向かうべきだろうか。
――――――――…………
――――……
――…
「えーっと、多分この辺かな……よっし、やるよネロぴ!」
「引っ叩くわよ」
宇宙服に引っ張られ、あれよあれよと連れてこられたのはタワーを見上げられるこの街の一角だ。
たしか「スカイツリー」だったか、この世界における電波塔の役割を果たしていたこの街の墓標。
半ばへし折れたタワーの周りは瓦礫一つ残らない更地と化している、一体この場所で何があったのだろうか。
「というかそんな事より……どうして私があんたを手伝わなきゃいけないのよ!」
「でもネロぴっぴ、うちから離れると危険だよ?」
「そんなわけないじゃない、だってあの魔人は……」
仲間だから、と喋りかけた口を閉じる。 危なかった、この世界の魔法少女相手にべらべら話して無事で済むはずがない。
そもそもあの魔人たちが仲間である保証もないのだ。 最悪の場合、役立たずの私を処分しに来た……
「……? どしたんネロっぴ、顔色悪いよ?」
「いや……なんでもないわ、なんでもない」
頭を振って最悪の未来を頭の中から払いのける。 あるわけがない、私は完璧なワイズマンなのだから。
ただ、この場所には野生の魔物もちらほらうろついているはずだ。 少々不満だが護衛としてこの魔法少女をお供につけるのは悪いことじゃない。
「はぁ、もういいわ……言い争っても疲れるだけ、あんたここで何する気なの?」
「モチ研究所を掘り起こす! ネロぴっぴももうちょい私にくっついて」
「はぁ? 研究所ってこんな更地のどこに……」
「そりゃ地下っしょー!」
テンションがうざったい魔法少女が手に持った箱のようなものを地面に叩きつける。
―――すると、途端に足元の土が抉れて巨大なクレーターが出来上がった。
「へっ――――? うっひゃぁ!?」
「ウェーイ! どんどんいっくよー!!」
「おおおおおおおおま、おまっ! 落ちるー!!?」
足場を失った私の体は魔法少女に抱きかかえられたまま、クレーターの中を落ちていく。
抉った本人は自由落下を続けながらも同じように箱を投げ込み、どんどん地中を抉り続けていく。
「止めなさい止めなさいなにやってんのよお前、何やってんの本当!?」
「んー? うちの魔法で土を収納してるだけだし、ストックはまだまだあるから大丈夫っしょ!」
「そういうこと聞いてんじゃ……ああもう!!」
すでに地上は遥か彼方、もはや私一人では脱出も不可能だ。
どう足掻いてもこの頭おっぺけぺ娘に命を預けるしかない、さっさと目的とやらを果たして帰還を促すのが吉だ。
……しかし、順調に掘り進めていたはずのおっぺけぺの手が突然止まった。
「……ちょっと? いきなりどうしたのよ、着いた?」
「ん、この下っぽい」
おっぺけぺが靴底で地面を擦ると、その下から金属質ななにかの一部が現れた。
明らかな人工物だ、叩くと仲の空間に音が響く。 これがおっぺけぺが探しているという研究所の外壁だろうか。
「ならさっさと抉りなさいよ、中に用事があるんでしょ?」
「うーん、魔力が濃過ぎて取り込めないっぽい。 さげぽよみが深い……」
「じゃあぶっ壊せないの? あんただって腐っても魔法少女なんでしょ」
「それな! こんなこともあろうかと特製のドリルを……けほっ」
おっぺけぺが軽く咳き込んだ途端、彼女が被るヘルメットに赤い血が零れ落ちた。
「ちょ、ちょっと!?」
「ぴ、ぴえぇん……ちょっと長居し過ぎたかも……」
ヘルメットにこびりついた血液は玉虫色に変色し始めている。
過剰な魔力に対する拒絶反応だ、肉体の変質が始まっている。
そもそもこの場所は魔法少女でも命にかかわるレベルで魔力に染まった土地だ、それが研究所とやらの内部からはより濃い魔力が感じられる。
「だったらさっさと地上に戻るわよ、こんな所で野垂れ死ぬ前に!」
「で、でもまだ仕事が残ってるし……」
「んな事言ってる場合じゃないでしょ、死にたいの!?」
「いや、まだもうちょっとだけ頑張れるし……」
そのちょっとの努力で死にかねない状況だというのにこのおっぺけぺは何を言っているのか。
まだこいつに死なれるわけにはいかない、私が地上に戻れなくなる。
だがおっぺけぺは何の成果も得られないままじゃ帰れないと駄々をこねているのだ、引っぺがすには地上があまりにも遠すぎる。
「……ああ、もう! 本っ当に……なんでこうなってんのかしらねぇ!!」
非合理的なこの状況で、完璧で優秀な頭脳が導き出した答えは一つしかなかった。
とにかくこのおっぺけぺを納得させ、地上に戻るまで長生きされるためのたった一つの方法……
「……私が代わりにやるわ、研究所で何して来ればいいのよ? さっさと言いなさい!」




