通りすがりの狼藉者たち ④
『消し炭だぁ? おもしれえ、出来るもんならやってみろよ!!』
「よーし、それならあと3分ほど待て」
『ンなもんちんたら待ってられっか!!』
「チッ、やっぱ駄目か……」
もしかしたら準備が整うまで適当にあしらえないかと考えたが、流石にそううまく事は運ばないようだ。
単純な殴る蹴るの暴行が爆撃じみた破壊をもたらす相手だ、正直まともに相手はしたくない。
かと言って逃げに徹すると今度は大鬼の標的が他の2人に向かうかもしれない、こいつの相手は俺が最適だ。
「ハク、準備が整ったら教えてくれ。 タイミングはこっちが測る」
《了解です、ご武運を》
「任せろ。 ……どうせ死にはしないけどな」
複雑だが、賢者の石が持つ力は絶大だ。
以前までの自分なら苦戦は必至だっただろう、しかし今となってはまるで負ける気がしない。
それでもこの大鬼が厄介なのは、俺たちの勝利条件がただ敵を倒すだけではないからだ。
「おい、お前たちは創造主とやらの命令で俺たちを追って来たのか?」
『そうだよ、隠れてもダダ漏れの魔力を辿れば楽勝だぜ! 大人しく捕まっても無駄だぜ、抵抗しな!』
「それはお前たちの主に出来るだけ抵抗させろとでも言われたのか?」
『……へぇ、なかなか頭いいなお前?』
誤魔化すような真似もせず、鬼は死闘ごっこを続けながら笑う。
この態度を見るに自分の役割を理解したうえで東京までやって来たようだ。
自分の命を捨て駒にし、俺たちに無駄な魔力を吐き出させようと。
「分かってるのかよ、お前は無駄死にしろって言われたんだぞ」
『だからなんだ? 俺は“そうしろ”と命じられて創られた! ならお前と戦うことこそが俺の存在意義ッ!!』
単純なコンビネーションで繰り出されていたワンツーパンチが鋭さを増していく。
やはりこの大鬼、馬鹿ではない。 戦いながら俺の動きを学習し、自らの動作をみるみる最適化している。
基本的なスペックに加えて脅威的な学習能力、放っておけば賢者の石の予測能力を持っても回避は難しくなるだろう。
『感謝するぜ男女、お前のお蔭で俺はいま生きている!! さあ俺をどうやって殺す、どれだけの魔力を使う! 俺はどれだけ役目を果たせる!?』
《……マスター、いつでも行けます!》
「了解!」
『させるかよ!!』
こちらの準備が整った瞬間、大鬼は地面を激しく蹴り上げる。
えぐり取られた土や石片が散弾となり周囲へ飛散、俺を巻き込みながら辛うじて原形をとどめていた家屋や電柱に歪な弾痕を開けていく。
「クソッ、察しが良いッ!」
ダメージはないとは言え、防御だけでも魔力汚染は加速していく。
おまけにいくら痛みがなくとも喰らった衝撃は打ち消せない、散弾に押しのけられて大きく距離が開けられてしまった。
舌打ちを鳴らして再び距離を詰めようと力を込めた足に、何かが絡みつく。
《うわっ! マスター、下です!》
「下……なんだこれ!?」
足元に視線を落とすと、俺の右足には憎々しい色合いの触手が巻き付いていた。
万力の如き膂力で脚を締め上げる肉は逃れようとしてもビクともしない、しかも火炎で焼き払おうとしてもすぐに再生してしまう。
《あのオーガの肉片です、これまでの攻防で飛び散った肉が再生しているんですよ!》
「驚異的な再生力……つっても限度ってもんがあるだろ!」
『ハッハハハハァ!! 知らねえよそんなもん!!』
やっとの思いで触手を焼き切ると、大鬼は自慢の膂力で持ち上げたビルの一角を遠距離から投げつけていた。
それも1つだけではない、だるま落としのように1階ずつ引っこ抜いたビルの輪切りを矢継ぎ早に投擲している。
さきほどの散弾の比ではない、威力に怯んでしまえばまたどこに潜んでいるかも分からぬ肉片の拘束を喰らうかもしれない。
「……ああ、クソッ」
ビルの群れが直撃する寸前、俺は使いたくなかった手札を切らされた。
『ッシィ! 死んだかぁ?』
「――――なわけねえだろ」
『……ハァ!?』
大鬼からすれば何が起きたか分からないだろう。
なにせ安全な距離を保っていたはずの相手が、いつの間にか自分の背後から現れたのだから。
「瞬間移動ってやつだよ、まんまと使わされた」
賢者の石が持つ膨大な魔力を用いた短距離転移、当然魔力もかなり使ってしまうが背に腹は代えられない。
詰めを誤った俺の判断ミスだ、甘んじて受けよう。
『……あーあ、ここまでか。 いいぜ、早く殺れよ』
「………………」
大鬼の背に箒の穂を押し当てる。 この間合い、この体勢なら相手が何をしようと俺の方が早い。
あとは当初の予定通り焼き払うだけだ……が。
「……最期にひとつ聞かせろ」
『アァ? なんだよ、今さら殺しを躊躇う訳じゃねえだろな』
「お前は創造主とやらに命じられたから俺たちを殺しに来たのか? それとも……」
ネロの事が脳裏に過ぎる、もしかしたら話し合う余地があるのかもしれないと。
もしもこいつの中に戸惑いがあれば、ハクのように諭すことで矛を収められるのではないかと。
『命じられて? おいおい、俺が嫌々戦ってるように見えたかぁ? 楽しかったぜェ、お前をぶっ殺せたらもっと最高だったがな!!』
「……そうかよ」
しかし、淡い期待はものの見事に打ち砕かれる。
もはや迷うことはない、俺は大鬼の背に押し付けた箒の柄を一層強く握りしめ、灼炎へ変えた魔力を吐き出した。




