白と黒の邂逅 ③
「ハク、大丈夫か……?」
「ああ、マスt……背中凍ってますけど」
「気にするな、安い代償だ」
見えない気配から浴びせかけられる冷気を背中に受けながら、ハクと合流する。
ネロは簀巻きにされた状態こそ変わらないが、なんとなく2人の間に感じる雰囲気は殺気立ったものではない。
ハクも俺と同じく、ネロの態度に思う所があったのだろうか。
「あ、賢者の石! 丁度良かったわ、あんたも私と一緒に創造主の元nおびゃー!!?」
不用意な勧誘を口走ったネロの鼻先に鋭い氷柱が掠める。
流石スノーフレイク、姿を隠しながらも不穏分子に対する警戒は怠っていない。
「ネロちゃん、言葉は慎重に選びましょう。 本気で狙われたら私達じゃ躱しきれませんよ……」
「な、な、なによこのくらい! わわわ私の性能なら口笛吹いてでも躱せるわよ! ふひゅー! ふすー!」
「そもそも吹けてねえ」
空気が漏れた風船のような音を奏でるネロを横目に、氷柱が飛んで来た方向に向けて大きくバツ印を作る。
ネロの不用意な発言が続けば俺たちでもかばい切れない、せめて威嚇射撃程度にとどめてほしいという願いがスノーフレイクに伝わればいいんだが。
「あー……ネロ、お前にはいくつか聞きたい事がある。 正直に答えてくれたら解放も考えよう」
「あんたが私に従うってなら良いわよ」
「前向きに検討する努力をしよう、まず“創造主”とやらは今どこにいる?」
「まだこっちの世界にはいないわよ、魔力濃度が全然足りないもの」
これに関してはスノーフレイクの予想通りだ。
あの不自然な撤退からして、あいつはこちらの世界で長時間動ける状態ではないことは推測できる。
厄介なのは「こちらの世界にいない」ということだ、俺たちから奇襲を仕掛けるのが難しい。
「なら次はいつ現れるか知っているか?」
「分かんない、時期が来たらすぐにでもやってくるはずだけど」
「……そうか」
おそらく嘘ではない、あのクソ野郎の性格からしてわざわざ自分の行動を他人に教える必要がないと考えている。
ただ、やはり一度目の出現からインターバルは必要らしい。
「えーっと……ネロちゃん、私からも質問いいですか?」
「なによ旧型……というかネロちゃんってなによ! 私はあんたより優れているのよ!」
「まあまあまあ、いいじゃないですか。 私にとって妹みたいなものですし」
「くわぁー!! なんか腹立つわ、なんなのこいつの態度!!」
簀巻きのネロを抱きかかえるハク、この2人が並ぶと本当に姉妹のように見える。
ハクにとっては数少ない仲間と言っても過言ではない、ふさぎ込んでいた気分も持ち直しているようなので多少は大目に見るべきか。
「ネロ、そのままでいいから話をつづけるぞ。 確認だがお前の目的は?」
「拒否権はないの……? まあいいけど、私の目的なんて賢者の石の制御に決まってるでしょ」
「俺の中に賢者の石があるんだろ? それを引き抜いて……」
「無理、がっちり癒着してるもの。 無理矢理引っこ抜けば“どっちも”砕けそうだわ」
「……そうか」
なるほど、賢者の石は砕けるのか。
「ネロちゃん、私からも良いですか?」
「ちゃん付けやめなさいよ旧型ァ! ……それで、なによ?」
「ネロちゃんは、その……自分の意志で創造主って人に従っているんですか?」
「…………え?」
今までの仏頂面から一転し、ネロは豆鉄砲を食ったよう顔で目を丸くする。
ハクの言葉を聞いていても、まるでその意味が理解できていないかのように。
「高濃度の魔力は人を殺します。 ネロちゃんがいた世界だってそうして滅びたはずですよね」
「そう、だけど……でも、創造主は今度こそ上手くやって見せるって」
「例えその通りだとしても、成功するまでにどれほどの犠牲が出たのか理解していますか?」
「でも、だって……魔力の有効活用に成功すれば、犠牲よりも多くの人間を救えるのよ?」
「命というのは簡単な算数じゃないんですよ」
ハクの震える言葉には静かな怒りがにじみ出ていた。
「この街を救うために命を賭ける少女が居ました、たった一つの命を取り戻すために多くの犠牲にしようとした魔女が居ました、一つでも手が届く命を助け続けた魔法少女たちを……私は見て来ました」
「な、なによ……」
「ネロちゃん、私は死んだ人を蘇らせる魔法には出会えませんでした。 あなたには出来ますか?」
「…………」
ネロは黙って首を横に振る。
先ほどまでの元気はどこに行ったのか、叱られた子供のように縮こまって見える。
「もしあなたがこれまでの犠牲を良しとし、何も感じないのであれば私はあなたを許しません。 マスターを殺すつもりなら刺し違えてでもあなたを道連れにします」
「こ、殺すって……そんな、だって……わたし……」
「もう一度だけ聞きます。 あなたは自分の意志で創造主さんに手を貸しているんですか?」
ハクは決して凄んでいる訳でも、怒りをあらわにしている訳でもない。
それでもネロは真っ青な顔で何も言わず、俯くことしかできなかった。




