白と黒の邂逅 ①
もはや呼吸すら必要としない体なのに、こういう時はため息が零れる。
我ながら醜い女だと思う、10年前に分割された同位存在への嫉妬なんて。
「……だからこれは八つ当たり、あなた達なら思い切りぶつけられるから」
並び立つ氷像と化した魔物たちへ向けた言葉に返事はない。
東京に満ちる魔力濃度のせいか、潰しても潰してもアリのように湧いて来る。
だが今は好都合だ、このどうしようもない気持ちをぶつけるにはちょうどいい。
「……お兄ちゃんのバカ」
空から飛び掛かる翼竜のような魔物に対し、地表から伸ばした氷槍で串刺しにする。
「……お兄ちゃんのオタンコナス」
音もなく背後に忍び寄っていた大蛇が致死量の魔力に触れ、瞬く間に塵と化す。
「お兄ちゃんの……スカポンタンッ!!」
もやもやするこの気持ちも、私を形成する参照元となった「七篠 月夜」のものなのだろうか。
否定する言葉の代わりにあふれ出るのは止めどない魔力ばかりで、私が人ならざる存在だと突きつけられるばかりだ。
すこし立ち止まるたびに現れるアイデンティティの自己否定、お兄ちゃんと再会してからその頻度も多くなってきた。
「おにい、ちゃんの……」
次から次へと現れる魔物を蹴散らすたびにむなしい気持ちが募っていく。
この行為も感情も、ただ「七篠 月夜」の仕草をなぞるパフォーマンスなのだろうか。
違う、違う、違う、これは私だ。 月夜だけのものだ。
「……私は、私だ……!」
「――――うぅ……寒! なんでこんな所に逃げ込んでるのよ、ワイズマン……!」
――――――――…………
――――……
――…
「……10年前のワイズマン、か」
「………………」
ぽつりぽつりと断片的な情報を話し終えると、ハクは再び俯いて黙り込んでしまった。
ハクが語った内容は10年前に起きた災厄の日、その原因となった始まりの記憶だ。
記憶が戻ったきっかけはおそらく賢者の石の力を引き出すあの白い姿に変身したことか。
「あー、その……お前の記憶にあった最初の一人はハク本人じゃないんだろ?」
「そう、かもしれません……けど、私の中には最初のワイズマンだった誰かの断片が存在するんです」
災厄の日に起きた魔力を伴う爆発事故、その衝撃で世界中に魔力が拡散された。
最初のワイズマンはタンポポの綿毛のように、魔力爆発の衝撃に乗せて自身の断片をばら撒いたのだ。
殆どは芽吹くことなく死滅したに違いない、しかし様々な偶然が重なって生存した存在が「ハク」だった。
「だからといってお前は最初のワイズマンじゃない。 生みの親が犯した罪はお前の責任じゃないよ」
「けど、私が居なければ……マスターは、こんな目に合わなくて済んだんですよ!?」
「関係ない、これは俺が望んだことだ」
「っ……」
「そもそもハクが助けてくれなきゃ俺は何度死んでいたか分からないんだ、感謝はするけど恨みなんてしない」
例え過去をやり直すことが出来たとしても、多少道が変わろうと俺は同じ結末を迎えていたと思う。
ハクの力を借り、魔法少女と戦い、そして賢者の石を抱えてここに戻る。
後悔しないかといえばウソになる、それでも俺は……
「……魔人と相乗りしたんだ。 地獄の底まで付き合うよ、相棒」
震えて縮こまり、罪の重さに押し潰されそうな相棒を見捨てるはずがない。
「……ま、マスt」
「おにいちゃーーーーん、いい雰囲気の所悪いけどちょっといいかなーーーーー???」
「ほわっひゃぁ!!」
ハクの背中に氷柱を突っ込みながらスノーフレイクが戻って来た、何故かその額には青筋が浮かんでいる。
魔物を掃討していたはずだが、流石というべきか土埃一つない無傷だ。
……ただ、その腕には出かける前には持っていなかった麻袋が抱えられていた。
「スノーフレイク、怪我は……ないようだな、その袋は何だ?」
「ちょっとそこで拾ったの、お兄ちゃんにも見てもらいたくて。 ほら、スペース開けてよ泥棒猫」
「ちょっと、なんで氷柱ぶちこまれたんですか私!? マスターもなんで無視して話進めているんですか!?」
乱暴に投げ置かれた麻袋は丁度人間一人包み込める大きさがあり、何故かもぞもぞと動いている。
……気のせいか、中からはうめき声も聞こえてくるような。
「おい、まさかとは思うけどこれ……」
「うん、お兄ちゃんが心配しているような事はないよ。 中身を見てもらった方が早いかな」
言うや否や、スノーフレイクが麻袋の口を解く。
そして袋の中から出て来たのは綺麗な黒髪にハクそっくりの顔、寒さか恐怖かは分からないが顔色は真っ青だ。
「ぶっはぁー……!! ちょっと、殺す気!? なんなのよもぉー! 何で私ばっかこんな目に合わなきゃならないのよぉ、もうやだー!!」
「…………ネ、ネロ?」




