修羅・抜刀 エピローグ
身体の内からとめどなく溢れる熱が燻ぶり、心臓は破裂してしまいそうなほどに跳ねる。
息を吸うたびに肺が爛れているんじゃないだろうか、熱い、熱い、熱い、痛い、熱い、痛い、痛い、熱い。
どこをどう歩いたかも分からないまま、俺はいつの間にかあの河原へとたどり着いていた。
コルトと戦った場所、黒騎士に負けた場所。
思えばこんな寂れた河原なのに色々な事があったもんだ。
「っ゛……あぁ゛……!!」
身体から湧き上がる熱を収めようと川の清流へと身を投げる。
冷え切った水は心地いいが、身体の芯から燃え上がる痛みはまるで収まらない。
たまらず水を掬い上げて飲み干すがまるで効果はない。
無為なその行為を繰り返すうち、胸ポケットに仕舞っていたスマホが水の中へと落下した。
《ゴボボガボゴボバボオボボヴェボバボ!!?》
「ゲホッ……は、ハク……?」
慌ててスマホを水中から引き上げる、ハクが宿っているせいか水没しても壊れた様子はない。
いつの間に戻ってきていたんだこいつ。
《ゲホッ、ゴホッ……ま、マスター……ご無事ですか……!?》
「お前の方こそ、無事かよ……?」
スマホながら水没すると苦しいのか、画面の中ではハクは苦しそうに水を吐きながら肩で息を繰り返す。
……まあ、満身創痍なのはお互い様か。
「お前、今までどこで……」
《そうなんですよ、あのアプリが起動してからマスターとのリンクが急激に悪くなって……それにしてもマスター、無茶しすぎですよ!!》
「なんだ、視覚は繋がってたのか……」
だったらこの状態の説明も必要なさそうだ。
感覚のない手を動かしてあの騎士モドキが落とした魔石を取り出す。
「ハク、これで俺の状態は治ると思うか?」
《……たぶん無理です、マスターはいま健康体そのものですから。 今マスターを襲っている激痛はきっとあの黒い姿の副作用かと》
「お前、俺の体調も分かるの……?」
《ええ、変身している間はマスターと感覚が薄っすら繋がっているのでなんとなくですが……ですが黒い姿の時はリンクを断たれて、外からモニター越しにマスターの戦闘をただ見ているような状態でした》
「そっ、か……」
魔物を殺すために良い力を貰ったと思ったのだが、人生そううまくはいかないか。
この地獄はどれ程で収まるのだろうか……
《……マスター、歩けますか?》
「ちょっと、今は無理、かな……少し待ってくれ……」
《いえ、良いんです。 無理をしなくても》
「そういう訳にはいかねえだろ、早く店に戻らないと……」
余裕も無くて気づかなかったが、見上げた空は既に日が沈んでいる。
これは帰ったら優子さんの雷は間違いないだろう。
《マスター、あの黒い力を使うのは止めましょう。 これじゃあなたの体が持たない》
「……状況次第だな、今回みたいなやつがわんさか湧いてきたら使うしかない。 それに……」
本物の黒騎士相手なら、使わざるを得ないだろう。
そのことはハクも分かっているのか、両者の間に気まずい沈黙が満ちる。
《だ、だったら戦わなければ良いじゃないですか! ほら、せめてノーマルモードで倒せる相手だけとか》
「駄目だ、そんな危険な魔物をアオ達にぶつけるってのかよ」
《だって! ……このままじゃ、マスターが死んでしまいそうで》
「別にお前が心配することじゃないだろ」
《本気で言ってるなら怒りますよ……!?》
震えた声のハクを無視してスマホを仕舞う。
何を言っているんだか、出会って1ヶ月にも満たない仲だろうに。
《マスターのバカ! アホドジマヌケー!! 死n……転べ! すっ転べー!!》
ポケットの中からくぐもった罵倒が聞こえてくる。
しかし一通り罵るとブツっという音を残してハクは沈黙した。
「……ハク?」
再度スマホを取り出してみると電源が落とされ画面は真っ黒だ。
不貞腐れてまたどこかへ行ったか……そういや、あいつがいないと変身できないんだっけ。
「…………どうでも、いいか」
全身を蝕む痛みのせいで今は何もかもがどうでも良い。
ああでも、ずぶぬれの言い訳はどうしようか。
――――――――…………
――――……
――…
その後、店に戻ったのは結局深夜を回ってからだった。
完全に冷え切った体を引きずって、辿り着いた裏口のドアノブを握る。
鍵は掛かってなかった、いつもより重く感じる扉を開けると暗い店内が俺を出迎る。
……提供スペースに並んだテーブルの一つに、アオが突っ伏したまま寝息を立てていた。
「アオ? 何でこんな所で……」
「アンタの帰りをずっと待っていたのよ」
急に店内の照明が点灯し、二階から優子さんが下りてくる。
その手にはいつもの電子タバコではなくピンク色のケースに嵌められたスマホが握られていた。
「で、今度の言い訳は何?」
「大きな荷物を持って困っていたお婆さんを助けたら色々あって川へと落っこちて」
「今からアンタをグーで殴るわ」
許して、許して。
「―――と、言いたいけど。 今日は勘弁してやるわ、葵に感謝する事ね」
「……アオが?」
「何か理由があるはずだから怒らないでほしい、ってね。 そうでなかったら今頃グー……いやチョキが飛んでいたわ」
アオに感謝してもしきれない大恩が出来てしまった。
ふと、ねむる彼女の横顔を見ると涙を流したような痕があった。
「触るんじゃない」
「っ……」
無意識に目じりへと伸ばした腕を優子さんに咎められる。
そうだ、水に濡れて冷え切った指先ではアオを起こしてしまいかねない。
「アンタの事も心配していたけど、魔法少女仲間と喧嘩したらしいの。 多分そのせいね」
「……そう、ですか」
喧嘩か、そんな愛らしい表現だろうか。
後ろめたさがあり少し顔を背けてしまう。
「……葵は私が部屋まで運ぶわ、あんたはシャワーでも浴びて来なさい。 その服は洗濯ね」
起こさないよう慎重にアオを担ぎ上げて運ぶ優子さんの背中を見送る。
ただ、見送る事しかできなかった。
「それと、こっちの件はあとで詳しく聞かせてもらうわよ」
「――――えっ?」
アオを担ぐ優子さんがスマホの画面をこちらへ見せる。
殺風景な背景のホーム画面、そこには目を赤く腫らしたハクの姿があった。