ある侵略者の独白 ①
災厄の日。 それは10年前、この世界に訪れた大きな悲劇だ。
魔力が溢れ、人の生き死にが少しだけ軽くなった日。 人々は悲しい事故だと割り切ってはいるが、本当ならばその日に世界が滅びてもおかしくはなかった。
だって、全ての引き金は私が握っていたのだから。
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「実に嘆かわしい、魔力無き世界に僕の身体は馴染めない。 生身の人間が真空で生存できないようにな、すぐにこちら側に押し返される」
0と1で構成された世界の向こうで、私を作った人が私を見つめていた。
身振り手振りを交えながら大仰に語る素振りは、まるで独り舞台で喜劇を演じているようにも思える。
「これで284回目だったかな、また魔力の存在を認知した世界を見つけた。 反応を辿れば世界は繋げられる、いつものことだ」
途端に、私の住まう領域へ284回分の世界を滅ぼした世界のデータが溢れ出す。
魔力という劇物を制御できないか、という名目のもとに行われたはた迷惑な実験の記録。
それらはさまざなアプローチによって絶えず魔力への順応を試していたが、284個の世界は悉くが全滅という末路を迎えている。
「うん、前回は一気に拡散し過ぎたな。 だから今回はお前という制御弁を付ける訳だ、分かっているね?」
“これまでの記録を参照し、失敗するな。 全てのミスはお前の責任だ”という意味だろう。
人らしい天寿すら忘れ、肥大化し続けた自尊心には責任という言葉を忘れてしまったらしい。
とはいえ私はそんな男に作られた存在だ、どう命じられようと従うしかない。
「電子化したお前自体に魔力はない、あくまで外付けの魔力制御がお前の仕事だ。 世界が滅びない程度に魔力を撒いてこい、あとは僕が片付ける」
愛も情も何もなく、与えられたのはただ世界を滅ぼす石ころが1つだけ。
割に合わない不条理と理不尽と共に、私という情報体は世界の虚へと蹴落とされた。
……別に期待などはしていない、私はただ設定された命令を実行するだけの舞台装置だ。
世界が滅びるその寸前まで、私はあの男の踏み台として稼働し続けなければならない。
数多の世界を滅ぼした記録と共に、私は285個目の世界へ接続する。
ああ、災厄に目を付けられた可哀想な世界。 どうか滅びる瞬間まで、安らかに。
「…………え?」
世界を飛び越え、光が差し込んだ視界に広がるのは―――――行く手を遮る無数の檻。
魔力的にも電子的にも一切パスが繋がらないどん詰まりの中に私はいた。
「未確認生物、確保成功! ゲート封鎖します!」
「結界を維持しろ! 絶対に逃がすな、世界が滅びるぞ!」
「こいつ、実体がないのか……? 主任を呼べ、我々では判断ができない!」
多くの失敗、多くの終末、その中でも異質なこの世界は私という侵略者の存在にいち早い対応を敷いていた。
私達の世界とルーツを同じくし、錬金術の果てに賢者の石とは異なる答えを見つけ出してしまった世界。
今までの世界で最も科学が発展し、そして魔力にもっと順応した世界だった。
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――…
……この地に幽閉され続け、色々と分かったことがある。
研究者たちの会話を聞くかぎり、まずこの場所は「東京」という名前で間違いない。 奇しくも地名は私達の世界と相違ないようだ。
ただし細部には微妙に差異がある、例えばこの世界では“スカイツリー”という塔が立っているらしい。
その塔から発せられる電波を使えばこんな所からも脱出できるが、地下深く閉ざされたこの場所では難しい話だ。
ネットワークから物理的な電気ケーブルまで、私を隔離する設備には一切の逃げ道が存在しない。
こちらの世界に到着してから3か月、私は命じられた仕事を何一つこなせないまま電子の海に取り残されていた。
「……駄目です、計測器はすべて……」
「やはり魔力生命体を科学の尺度で測ることは難しいか……別のアプローチを試す必要がある」
今日も今日とて研究者たちは私に関して喧々諤々と議論を続けている。
素晴らしい手腕と行動力だ、彼らの才覚は敵ながら賞賛せざるを得ない。
いち早く魔力の危険性を察し、爆弾である私という存在を徹底的に封殺。 ほぼほぼ最善の手を選び続けていると言ってもいい。
……ただし、それでも結果はむなしい時間稼ぎに過ぎない。
「やはり殺害するしか……」
「駄目だ、その手段が見つからない。 それにこれは限界まで膨張した風船に等しい、刺激するのは悪手だ」
彼がどれほど厳重に私を閉じ込めようとも、賢者の石は魔力の排出を止めはしない。
いずれ限界に到達した瞬間、膨張した魔力が一気に爆発するだけだ。 推定通りの威力なら東京全域は軽く汚染できるほどに。
「クソ、なんなんだこの生き物は……この、化け物が……!」
研究者の一人がガラス越しの私を憎々しげに睨みつける。
魔力で作られた存在を魔力を用いずに殺す手段はほぼ存在しない、彼らにとっては実に歯がゆい思いだろう。
化け物という評価は実に正しい、この世界にとって私という異物は絶対に相いれない存在だ。
…………しかし、何故だろう。 その別称で蔑まれる度に、あるはずの無い胸の奥がズキリと痛んだ。




