あっけらかんとくたばって ⑦
「……おい、ボクがいない間に何があった」
「色々と……あったんだヨ……」
夕方、どこかにほっつき歩いていたドクターが魔法局へと帰って来た。
そもそも彼女の釈放は条件付きの特例なのだが、ここまで自由に出歩いていいのだろうか。
まあそのあたりの問題点には眼を瞑るとはいえ、戻ってきて早々生きる屍と化したサムライガールの出迎えは中々衝撃的なものだ。
「シルヴァから連絡があったぞ、ブルームスター関係かい?」
「ンー、半分正解。 ……本当にネ、色々と複雑なんだヨ」
「〇×△‘□@_z{¥×▼……」
「私は大丈夫だから心配しないでくれ、か。 その様子じゃ説得力がないぞ」
「分かるんだネ……」
私にはモゴモゴとくぐもった声しか聞こえなかったが、付き合いの長さがなせる技か。
「それで、具体的な報告は聞けるか? 彼女がこうなるなんてよっぽどだぞ」
「そうだネ……これはもう隠し事とかしている場合じゃないカナ」
――――――――…………
――――……
――…
「……なるほど、つまり葵がいつも突っかかっていたブルームスターの正体は憧れのお兄さんだったと?」
「自決します」
「ドクター、もっと言葉にホスピタリティ持ってほしいカナ!」
「いや、説明はしっかり聞いたつもりだがいまいち理解できなくてね……しかしボクに嘘を言うようなメリットもないし、なにより葵がここまで落ち込む理由も納得できてしまう」
ドクターの事だから話したところで精神疾患を疑われるかと思ったが、意外にもすんなりと飲み込んでくれた。
深刻なのはその隣で追い打ちを喰らったサムライガールの方だ。
確かにサムライガールが今までブルームスターに対して取って来た態度を考えれば、自己嫌悪に陥るのも仕方ないと思うが。
「うーん、元から歳の差が厳しい恋だったけどこれはとうとう脈無しか」
「コルト、介錯をお願いします。 今辞世の句を詠みあげるので」
「私にとんでもない業を背負わせないでくれるカナ?」
「とにかくだ、話を前に進めよう。 ややこしいので呼称はブルームスターで統一するぞ」
ドクターが手を打ち鳴らし、脱線した空気を修正する。
そうだ、ドクターにブルームスターの正体を打ち明けたのもこのためだ。
「ブルームスターは現状、街を魔力で汚染する害敵と化している。 目下ボクたちの仕事は事態の鎮圧、もしくは―――――原因の排除となる」
「……つまり、私達はブルームスターを殺さないといけないってことカナ」
「最悪の場合はそうだね、少なくともこのままじゃ世論はそうなりかねない。 危険な魔女は排除しろ、とね」
「待ってくださいドクター、ブルームスターは敵じゃありません。 これまでも何度だって私達と協力して……」
「“これまで”と“これから”は関係ない話だよ、デュラハン跡地の汚染状況は著しい。 何よりブルームスター本人に弁明する気がないのが問題なんだ」
「たぶん、魔力汚染は自分で止めらないんだヨ。 そんなことを話してたからサ」
「ならなおさらだ、どう頑張っても人類と共存は出来ない。 ブルームスターは不倶戴天の敵と化した」
ブルームスターを倒さねばならない、改めて突きつけられた事実に沈黙の空気が流れる。
心境と実力、どちらを考えても私に今のブルームスターを倒せるとは思えない。
肌で感じた魔力の圧だけでもわかる、あの白い衣装を纏ったブルームスターは圧倒的だ。 私達では束になっても勝てない。
「……ドクター、一つ質問だヨ。 あのブルームスターを治療することは出来るカナ?」
「………………ノーともイエスとも言えない、未知の症状だ。 外科手術でどうにかなるなら話も早いが、検証を重ねる必要がある」
すると、ドクターは白衣のポケットからゲームカセットを2本取り出し、私達の目の前に置く。
柄も無く、タイトルは何も印字されていないそれは初めて見るカセットだった。
「2人にこれを渡そう、機械的な記録媒体はすべて破損してしまうからね。 交戦情報はこのカセットを通してボクの杖に流れてくる仕組みになっている」
「ということは……そういうことカナ、ドクター」
「ああ、生かすにも殺すにも骨が折れる相手という事は分かり切っているんだ。 すでに居所は掴んでいる、準備が整い次第トライ&エラーを繰り返すぞ」
ドクターが自らの杖を起動すると、点灯した画面にはどこかの地図が映し出された。
日本の一部を示した地図には、おそらくブルームスターの居場所を示した赤いピンが打たれている。
そこは私達にとって、良くも悪くも縁が深い場所だ。
「奇妙なものだね、全ての因縁はここに収束するらしい。 ――――戦略を練るぞ、頑固な死にたがりの切除手術についてだ」




