あっけらかんとくたばって ③
「………………」
「oh……完全に意気消沈だネ、サムライガール」
メディカルチェック終え、シャワーを浴びて会議室へ戻るとテーブルに突っ伏したまま動かないサムライガールが出迎えた。
私が部屋を出る前から微動だにしていないように見える、今回の件は相当滅入っているようだ。
「ほら、いつまでも不貞腐れているわけにはいかないヨ。 サムライガールも汚れ流してさっぱりしたら気分も晴れるからサ」
「私はあとで結構です……」
「ぬーん、重傷だネこれは」
テーブルに顔をうずめた置物と化してなお、サムライガールの腕には未練がましく携帯が握られている。
いつブルームスターからの連絡が届いても応えられるように備えているのだ。
だが残念なことに、ブルームスターからの連絡は一切届いていない。
「……本当に、どこ行ったんだろうネ」
デュラハンを倒した後、ブルームスターは私達の目の前から消えてしまった。
こちらからいくら電話を掛けようとなしのつぶてだ。
それは「これ以上関わらないでくれ」という拒絶の意志にも思えてしまう。
「とにかくサ、休める時に休んだ方がいいよ。 またいつ魔物が現れるかも分からないからネ」
「………………」
「それとも、不調のまま不甲斐ない戦いを見せればブルームスターもやって来るんじゃないカナって考えてる?」
「失敬な、そんな事はないですよ」
相当気に障ったか、サムライガールはとうとうテーブルから重たそうに体を剥がした。
少しだけ安心した、こんな状況でも魔法少女ラピリスとしての矜持は損なっていない。
医務室に向かい、部屋を後にしたサムライガールを見送り、私も自分の携帯を取り出す。
「……本当に、今度見つけたらただじゃおかないからネ」
着信やメールを確認してもブルームスターからの連絡はない。
サムライガールにはああいったが、私もかなり重症だ。 どうせいつもの無茶したがりだろうに。
……そうであってほしいと自分に言い聞かせながら、私もまた震えない携帯をじっと睨みつけるのだ。
――――――――…………
――――……
――…
「――――と、いうのがあの現場でボクたちが見た情報だ。 シルヴァ、君の意見を聞きたい」
「う、うむ……?」
魔人討伐を終え、病室の扉を叩いたのはドクターだった。
点滴を抜いて魔人の行動解析を行っていたことを怒られると思いきや、開口一番に求められたのは協力だった。
「科学的な知見を得られない魔力を一番理解しているのは君だ、そのうえに君はブルームスターの暴走を前回も見ている。 何でもいい、思った事を聞かせてくれ」
「わ、我はてっきり今から説教が始まるのかと……」
「まあ医者としていい顔は出来ないがデュラハン討伐は君の功績も大きい、別件としてあとで怒るがまずはこちらが先決だ、いいね?」
「は、はいぃ……しかし、我の意見か……」
ドクターから聞かせられたのは、前回同様白い姿に変身したブルームスターのことだった。
曰く、デュラハンの消滅後に現れた謎の魔法少女と交戦。 その際に例の白い姿へと変わり、圧倒的な魔力量で撃退した。
残念ながら映像機器による記録はない、それでも聞いた限りの戦闘内容を想像すると……
「…………凄まじいな」
「凄まじい、か。 確かにブルームスターが見せた戦闘力は絶大だった」
「いや、そういう事ではない。 我が言いたいのは魔力の扱いについてだ」
手元の本に軽くペン先を置く、滲んだインクの染みから浮き出て来たのはビー玉サイズの光の塊だ。
わざわざ文字をつづる必要もないほどの簡易的な魔術、この程度なら自分でも一瞬で構築できる。
「魔法はそれを本人の資質や感覚に頼るものだ、それを理論立てて“魔力をこう並べるとこのような力を発揮する”と解明し、汎用的に落とし込んだものが魔術である」
「そうだね、ボクも静電気やライター程度の炎なら作りだせる」
「我は魔術を増幅・行使するために文字を連ねる。 より長く、完成度の高い詩となるほどに複雑で強力な魔術を成せるのだ」
「……ブルームスターが見せた魔法も君の技術の延長と?」
「次元が違う。 我が魔力という絵の具を用いて絵を描いているとするならば、盟友は絵の具から実物を生み出しているようなものだ」
恐らく自分が同じような真似をしようとすれば多大な準備と膨大な力が必要となる。
しかし盟友はそれを一瞬で、自分が思うままの形に魔力を形成するのだ。
自らの身体から溢れる無尽蔵の魔力を用いて。
「なるほど、君がC言語でプログラミングを組んでいるとするならブルームスターはゲームエンジンそのものか。 理解した」
「う、うむ……? まあ、分かってくれたのなら何よりだが……」
「そのうえで聞きたい、対策法はあるか?」
「…………」
少し考え、そして首を振る。 おそらく、白い姿になった盟友に敵う相手はいない。
魔法少女でも致死量の魔力を纏っているというだけでも驚異なのに、一瞬で構築される無尽蔵の魔術に対抗できる生物などこの世界には存在しないだろう。
「そうか、ありがとう。 大変参考になったよ、あとで詳細をまとめたデータも送るから確認してほしい」
「それはいいが……悪い事を考えている顔をしているぞ」
「なに、無理だと言われたら攻略法を探したくなる性分でね」
言いながらドクターは白衣のポケットからひび割れたゲームカセットを取り出す。
それはかつて我々を苦しめ、ラピリスによって攻略された彼女の切り札――――
「――――二度と使わないと思っていたが、ボクの友達が泣いているんだ。 チートに手を染めてでも引きずり出してやる」
 




