あっけらかんとくたばって ②
「あークッソ、石ころの癖に刃向かいやがって」
何もない空間から創造主の声だけが聞こえてくる。
姿は見えない、というよりこちらの世界に存在していない。 私の元へ声だけ飛ばしているのだ。
本体は未だ始まりの世界に囚われている、魔力の薄いこの世界にとどまれる時間はごく短い。
「……それで、お前は随分と愉快な事になってるじゃないか、ネロ。 そちらの世界の流行りか?」
「ううううぅぅぅ……見てないで助けてほしいんですけど、マイマスター!?」
木の枝に服の裾が引っかかったまま、てるてる坊主よろしく宙づりの状態で泣き叫ぶ私の訴えは笑い声で掻き消える。
創造主こそ腹を抱えて笑ってはいるが、私にとっては洒落にならない命がけの連続だったというのに。
デュラハンの術式添付が終わるまでの間、あのスノーフレイクなどという女と繰り広げた鬼ごっこは生きた心地がしなかったというのに。
「ハッハハハハ! 逃げ回った挙句の末路がそれか、いや本当に、お前って奴は―――笑えねえな?」
「……ひっ」
先ほどまで愉快な鈴の音を立てていた声色が、一瞬で氷点下まで急落する。
「僕はさぁ、ネロ。 お前に術式が完成するまで時間を稼げと命じたはずだ、それがこのお粗末な結果はなんだ?」
「い、や……だって、わ、私は頑張って……」
文字通り命がけでスノーフレイクを引き付け、そして最大の危険要素はデュラハン討伐に間に合わなかったはずだ。
私は与えられた命令は完遂した、しかしそんなたわ言は創造主にとって些事でしかない。
自分の思い通りにならなかったことは誰かのせいでしかない、だから創造主がこの世界に降り立てなかったのは私のせいなのだ。
「へぇ、口答えするのか。 お前の代わりが必要か?」
「い、いいえ! 私は完璧よ、完璧なの! あの出来損ないとは違うわ、私ならできる……私ならやれる!」
もし利用価値がないと判断された時、創造主はすぐに私を見限って次の機体を用意する。
それは駄目だ、絶対に許されない。 私の価値はここにしかない、創造主に捨てられる時が私の「死」なのだから。
「そうかよ、じゃあ次も完璧にこなしてくれ。 僕がもっと過ごしやすい魔力濃度にな」
……その言葉を最後に創造主の気配が消える。
私のはその時になってようやく自分が呼吸を忘れていたことに気付いた、心臓の鼓動は痛いくらいに激しい。
よかった、まだ生きてる。 私はまだこの世界に存在して良いと認めてもらえた。 完璧じゃないと捨てられる。
「わ、私は……私は完璧なのよ、絶対に……!」
私は使命すら忘れ、この世界でのうのうと生きている旧型機とは違う。
早く私の有能性を示さなければ、創造主に見限られる前に。
「……けどどうやって降りたらいいのかしら、これ」
忘れていた、自分は木の枝に引っかかって宙づりの状態。 地面までの距離は落下に勇気がいる高さ。
創造主が助けてくれるはずもなく、私はこの危機をどう対処すればいいのだろうか。
「ち、チクショー! 旧型機、絶対に許してあげないんだから……!!」
ともかくやりようのない怒りを虚空にぶつけながら、落下の覚悟を整えるまで1時間ほど時間を有してしまった。
――――――――…………
――――……
――…
「おお、よく無事で戻って来た。 無事に魔人は倒せ……たのだが、何やら浮かない顔だね君達ぃ」
「ええ……いろいろと、衝撃的だったもので」
簡易的に現場の引継ぎを行い、魔法局へ戻ると、入り口付近でうろうろしていた局長が出迎えてくれた。
魔人撃破の報を受けてからずっとここで待っていたのだろうか、その額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「うむ、魔法少女は全員無事に帰還……と、言う訳ではないようだね」
「…………はい」
局長が帰還してきた面々をそれぞれ確認し、眉を顰める。
魔人討伐後の出来事は高濃度の魔力に阻まれ、通信機器が停止したために詳細は伝わっていない。
それでも“通信が途絶えるような何か”が起きたことは把握しているだろう。
「局長、すまないが報告は後で構わないか? ボクたちも少し……情報を整理する時間が欲しい」
「あ、ああ。 皆疲れただろう、現場の復旧作業……は魔力のせいで我々では手が出せない、うむぅ……」
局長が胃のあたりを抑え、進退窮まる状況に苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
デュラハンが残した破壊の痕跡は甚大だ。 特に討伐現場付近、ブルームスターと謎の魔法少女が戦闘を行った近辺は魔法少女ですら立ち入りが難しい。
復旧作業どころか年単位で立ち入りを禁じなければならない、損害額を算出すればどれほどの数値になるのか想像もできないほどに。
「申し訳ありません、我々の対応がもっと早ければ……」
「いや、君達の責任ではないよ。 事後処理に頭を悩ませるのは我々大人の仕事だ、今はゆっくり休みなさい」
「いえ、しかし……」
「心配せずとも、ブルームスタークンに責任を押し付けるような真似はしないさ。 安心しなさい」
クッと息が詰まる。 自分の考えが見透かされていた驚きに返すべき言葉が出なかった。
「何故この場に彼女がいないのか、私は何も聞かない。 今は体も頭も休めるべきだよ、ラピリスクン」
「…………はい」
今はブルームスターについて追及されないことが何よりも助かった。
我々も彼女が置かれている状況は深く把握できていない、しかしあの現場の出来事が外部に漏れた場合、ブルームスターへのバッシングは避けられない。
「……本当に、なんで――――」
――――なぜ、彼女は……何一つ弁明することも無く、私達の前から姿を消してしまったのだろうか。




