有害汚染少女 ②
「―――リス―――――ラピ―――――ラピリス! 起きろ!!」
「っ……!!」
乱暴に接続が切断されたような感覚と共に、激しい頭痛と揺すられる衝撃で意識が覚醒する
私の肩を揺すっていたのは息を切らせたドクターだ、急いで私達を追いかけて来たのか、その額には大粒の汗が滲んでいた。
頭痛のせいか、前後の記憶がぼやけている。 確か私達はデュラハンを追って……それで……
「そうだ……ブルーム、は……? 魔法陣の完成は、阻止できたのですか……?」
「魔人の討伐は無事に終わったが、予期せぬ事態が発生した。 そうでなければボクもわざわざ全力疾走で君達合流しないさ」
「ドクター、駄目だヨ! この壁メッチャクチャに堅い!!」
「うあぁ~、ガス欠の自分じゃ無理っす~!!」
激痛に苛まれる頭に響く激しい衝突音。
重い体を引きずって車体の窓から外の景色を覗き込むと、ゴルドロスたちがドーム状にめくれ上がったアスファルトに向かい、ありったけの武装火力をねじ込んでいる所だった。
明らかに過剰な火力に思えるが、ドームの表面はキズ一つない滑らかな光沢を保っている。 2人の必死な形相と言い、状況が謎だ。
「ドクター……あの壁は一体?」
「……魔人との戦闘終了、正体不明の人型生命体が現れ、あのドームを形成した。 そして――――」
ドクターが続きの言葉を放つ前に内容を察した私は、すぐさま車体から飛び出して刀を構えていた。
「―――ブルームスターはドーム内に幽閉されている、中で何が起きているのかは……分からない」
――――――――…………
――――……
――…
「へぇ、便利な技だな。 返さないけど借りといてやるよ」
男が指揮棒を振るうかのように人差し指を降ろすと、天井に並んだ薙刀たちはいまさら重力を思いだしたのか、自然落下を開始する。
ドームに覆われた中にろくな遮蔽物はなく、薙刀の密度もまた避けるような隙間がない。
このまま黙って待っていれば両者とも串刺しは免れない。 いや、目の前の男には魔力変換による防御が出来る。
「ハク、おいハク! ……クソッ!!」
いくら呼び掛けても反応がない今、ハクは頼れない。
変身形態を構成する魔力が不安定な成果、アスファルトの破片で作った箒も形が滅茶苦茶だ。
もし降り注ぐ薙刀の切れ味や強度もコピーされているなら随分と心もとない武器だ、しかしそれでもやるしかない。
出来るだけ広範囲を打ち払えるように箒を振るう、ただの一振りでズタズタにへし折れた。
弾いた薙刀のひとつを掴み取り、新たな箒へと変えて再び刃のカーテンを振り払う。 やはり歪な形で構成された箒はそれだけで砕け散る。
俺が行ったのは逃げ場のない刃の中、辛うじて“致命傷で済む” 程度の隙間を開いたに過ぎない。
研ぎ澄まされた刃は振れるだけで肌を切り裂く。
腕や足を容赦なく切り刻み、突き刺さり、なお死の雨は降り止まない。
時間にして数秒だろう、しかし俺にとっては永劫にも等しい苦痛の時間を、ただ体を小さく丸めながら耐える事しかできなかった。
「う……ぐ、ァ……!」
「あァ? マジか、マジで、マジなのかよ君さぁ? この程度で死にかけるとか本当に賢者の石の力使えねえのかよ」
俺と同じく刃の雨を浴びたはずの男は、血だるまで蹲る俺を涼しい顔で見下している。
やはり、スノーフレイクと同じような真似ができるならこの程度の脅威などどうとでも出来るようだ。
そもそも刃が当たらないのだから脅威とすら認識していない。
「どぉーっすかなぁー、今さらタネ育て直すのも面倒だし……なぁ、どうしてくれんの?」
「知る、かよ……だいたい誰なんだよお前、急に現れたと思えば好き勝手やりやがって……!」
「こっちの発音だとンロギ・グと言えばいいかなぁ、君達じゃ想像もつかないような天才だよ僕は。 魔力を生み出し、この世界に流出させてあげた恩人でもある」
「…………あ?」
「どうだ、“楽しかっただろ?” ちゃちな科学じゃあり得ないような非現実的なエネルギー!」
唐突に現れた男が「自分が元凶だ」と自白した衝撃に、一瞬だが全身の夥しい痛みすら忘れてしまった。
男の話が、言葉が、意味を持った形として認識できない。 タノシカッタダロと、こいつは確かにそういった。
嫌味や皮肉でもなく、心の底から良い事をしたと信じている笑顔を浮かべながら。
「……何を言っているんだ、お前」
「魔力だよ、何でもできる夢幻の力。 あらゆる保存則すら無視して因果律にすら食い込む力、素敵だろ?」
「お前は……魔力のせいで、この世界がどれだけ滅茶苦茶になったか分かっているのか?」
「……? 大きな改革に混乱は付き物だろ? だけど安心しろよ、この世界に僕がきた」
男はあっけらかんと笑いながら、虚空から黒い板のようなものを取り出す。
艶消しが吹かれた黒い外観に、ヒビが入った液晶モニターが張り付いたそれはこの世界のだれもが知っている。
それはスマートフォンにそっくりな端末だった。
「魔力は万能で完璧なエネルギーだ、じきにこの世界だって理解する。 僕の世界は駄目だったけど次こそ上手くいくに決まってる」
男が取り出した端末を構えると、液晶に光が灯り、小さなスピーカーから無感情な音声が再生される。
≪On your mark――――?≫
「――――Lady」




