有害汚染少女 ①
「へぇ、不格好な形態だなァ? 部分的に石ころの力を引き出しているのか、非効率がすぎて泣けてくるわ」
声からして男だろうか、品定めするかのような指が俺の頬を撫でる。
一切気配を感じなかった、そもそも誰かがいればゴルドロスたちが気付くはずだ。
「……誰だ、お前?」
「あぁん? まーだ口聞けるだけの機能が残ってるのか。 まったく、ネロの奴は仕事が遅くて困るよ」
ネロの名前が出た瞬間、ためらいはなかった。
手元の大気を固めて作った長刀を握り、振り向きざまに男へ刃を振り抜く。
微動だにしない男の頭部へ吸い込まれるように叩きこまれる長刀―――しかし、そこで刃は止められてしまった。
「……なに? こっちの世界じゃこれが挨拶? 変わってんねえ」
それは小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、枯れ木のような細長い男だった。
フレームが分厚い眼鏡、泥か油か煤けた汚れにまみれている白衣、その下からはよれよれのシャツとネクタイが覗いている。
身綺麗とは言い難い、しかし「それがどうした」と言わんばかりの自信に満ちた男は、人差し指だけで灼火体の薙刀をビタリと止めている。
「しかも峰打ちで済ませるなんて優しいねぇ、魔法少女?」
「っ……お前、何者――――」
世界が逆転し、頭からアスファルトへ叩きつけられる。
何をされたのか全く分からない、男が指で止めていた長刀を突っつくと、俺の身体は天地が逆転していた。
「ブルーム!? 何するんだヨ、お前!!」
「ははっ、僕はただ挨拶のお返しをしただけだ。 先に斬りかかって来たのはそいつだろ?」
「ぐっ……」
揺れる三半規管を押さえつけ、無理矢理起こした身体は言うことを聞かない。
灼火体の上に羽織っていたラピリスの力もいつの間にか霧散している、この感覚はただ吹っ飛ばされただけじゃない。
「これは、一体……!?」
「賢者の石の使い方を教えてやっただけだよ、出来損ない。 僕が送った端末は元気か?」
「なに……?」
《―――――……ぁ》
蚊の鳴くような細い声が、ハクの喉から漏れたものと気づくのが遅れてしまった。
ブルームスターの衣装を構成する魔力が纏まらない。 モザイク状のノイズが走り、灼火体の維持すら困難だ。
この姿を制御するハクの動揺がダイレクトに伝わってくる、とてもじゃないが戦いに集中できる状況ではない。
「ドクター、撃つヨ! 絶対にあれはただの一般人なんかじゃない!」
『待て、同意だが下手に刺激するな。 あの男から溢れる魔力は先程までの魔人の比じゃないぞ!』
「なんだ、外野がうるさいなぁ」
男は心底鬱陶しそうに溜息を零すと、俺の手から奪い取っていた長刀で軽く地面を叩く。
刃の先端を伝い、地面へ放射された魔力にアスファルトがボコボコと隆起し、ドーム状となり俺とゴルドロスたちを分断する。
「さーて、これでやっとゆっくり話せるなぁ。 賢者の石のキャリアちゃんよ」
「お前、ハクに何を――――グッ!?」
ヅカヅカと歩み寄って来た男の足が、なんの躊躇もなく俺の腹を蹴り上げた。
相手は魔法少女でも、ましてや魔人でもない。 しかし息が詰まるほどの痛みと共に、蹴り飛ばされた俺の身体はドームの壁に叩きつけられる。
「はっはっは、良く跳ねるなぁ来世の夢はサッカーボールですかァ? 人の顔見て何、何、何って質問しかできねえのか僕に向かってさぁ!」
「こい、つ……!!」
意味が分からない、ゴルドロスたちと分断した技や魔法少女を蹴り上げたこともそうだが、唐突にキレ出した。
「ったく、本当にさぁ。 どうして僕が作り出してやったお前が僕の邪魔をするんだよ? まるで僕が失敗作を作ったみたいじゃないか、なあワイズマン?」
「…………あ?」
ワイズマン、その呼び名は賢者の石を持つ俺に対する呼称ではない。
その名前は石を管理する外付け制御装置、男はハクを指してワイズマンと呼んだ。
つまりこの男は、自分がハクの生みの親だと言っている。
《マス、ター……私、私……なにかを、忘れて……》
「ハク、大丈夫か!? どうした、なにがあった!?」
「人が話してんだろうがよぉ僕がさぁ!」
「うるっせぇんだよボケッ!!」
怒りに任せて振るわれた薙刀の刃を上から踏みつけてへし折る。
そのままゴチャゴチャ五月蠅い男の顔面に拳を打ち込むが、やはり当たる寸前で停止してしまう。
二度目でようやく確信した。 こいつはスノーフレイクやデュラハンと同じく、運動エネルギーを魔力に変換している。
「テメェがハクの生みの親だ? ふざけたこと抜かすなよ、今さらノコノコ出て来て父親面でもしに来たか?」
「冗談ほざくなよクソガキ、第一お前が覚醒に時間かかってるからわざわざ僕が出向かなきゃならないんだろ?」
「いったい何のこと――――」
拳を振り抜いた状態で静止している俺の腕に、トスリと小気味いい音を立てて何かが突き刺さる。
それは俺がさきほど踏み砕いた薙刀、それに酷似したミニチュアサイズの短刀だった。
傷口から血が滲む痛みも忘れ、頭に浮かぶのは疑問。 どこからこの凶器は現れた?
「良いから一回死ねよ、キャリアちゃん。 そんでもってこの世界を魔力で満たしてくれ」
空を覆うドームの天井には、隙間なく整列した短刀の刃が並んで俺を睨みつけていた。




