ハイウェイ・デッドヒート ⑧
灼火体への変身を促すアプリは煌々と輝いている。
初めはうんともすんとも言わなかったアイコンだが、もはや魔石の投入すら必要としていない。
恐らく、その気になれば誰かの力を借りて重ね着する手間もいらないのだろう。
《……マスター、あまりお勧めはしませんよ》
ハクの言葉はやんわりとした否定だった、直球で止めろと言っても聞く耳持たないというのは見透かされている。
だが、この切り札を本当に切っていいのか悩ましい。 俺の体を蝕む五感の失調と灼火体は十中八九関係している。
ただの代償で済むならそれでいい、だが……もし俺の身体が人ならざる者に近づいているというなら――――
「ブルームスター」
「ん……どうしたラピリス、何か策でも思いついたか?」
「いえ、なんだか思いつめたような顔をしていましたから。 体調が悪いなら邪魔になるので引っ込んでいてください」
「馬鹿言え、こんな土壇場で日和ったらそれこそ足手まといだろ」
「……そうですか」
短い会話を切り上げ、ラピリスはそっぽを向いてしまう。 しかしその口元はまだボソボソと動いていた。
その呟きは俺への罵倒か、ただ何を言われても反論できる立場ではない。
「ライナ、魔力はまだ残っていますか?」
「様子見と言われたので1割も消費してないっすよ、必要なら残りの魔力も吐き出すっす」
ライナの魔法は長期短期決戦向け、簡単に言えば「指定した魔力」を「指定した時間」ですべて消費するように行動を予約できる魔法らしい。
うまく使えば一撃必殺になりえる力だが、その為のお膳立ては俺たちが整える必要がある。
とにかくまずは再び開いてしまったこの距離を詰めなければ、デュラハンに逃げ切られて時間切れなんてシャレにもならない。
『少し待ってくれ、今ショートカット出来るコースを探している』
「お願いします。 しかし、あの消失を使われるとこちらの攻撃が……」
「それなら問題ないと思うヨ、あいつさっきより少しだけ足が鈍ってる。 多分消耗が激しいと思うんだよネ」
『むっ……確かに速度がわずかだが落ちている、良く気付いたじゃないか』
「私の鼻を嘗めないでほしいカナ! あのワープは連発出来ないはずだヨ、本当に苦し紛れの奥の手だネ」
「なるほど、これまでも消失から再出現に時間が空いたのは回復の必要があったからですね」
ゴルドロスの言う通り、心なしか前を走るデュラハンとの距離は先程までより近いように見える。
だがそれでも決定的なものではない、コーナーのたびにじわじわ詰めていったとしても時間がかかってしまう。
「……残り時間的に次がラストチャンスか」
『ああ、三度目のチャンスが訪れる前にデュラハンが魔法陣をなぞる方が早いだろう』
時間がない、そのうえデュラハンが目的を達成したところで何が起きるかも不明だ。
そもそも魔法陣を描いているという予測は当たっているのか、ただの取り越し苦労ではないのか。
……分かっている、現実はそんな甘いものではない。 こんなものは推測ですらないただの希望的観測だ。
「ラピリス、灼火体を使う。 借りていいか?」
「東京の際に使った力ですか、ですがあれは……」
「使用条件は問題ない、お前の力が必要なんだ」
俺らしくもなく日和っていた、何を躊躇う必要があったのだろうか。
例え杞憂だとしても万が一はあってはならないのだ、魔法少女の戦いに失敗は許されない。
たとえその果てに俺が破滅を迎えるとしても、今目の前で戦う理由を放棄する理由にはならないんだ。
「ドクター、あいつの攻撃無効化手段だが……」
『大方察しはついて来た。 手ごたえについては一度箒で叩いた君が一番よくわかると思うが、どうだ?』
「ああ、あれは攻撃が通らないというよりも……直前で箒が“引っかかった”ような手ごたえを感じた」
『なるほど、了解した。 喜ばしくはないが確かに灼火体へラピリスの速度を重ねたほうが良い』
「むぅ……仕方ないですね、私の身体は粗雑に扱わないでくださいよ」
「はいはい、しっかり車内で確保しておくヨ」
灼火体への相乗に備え、ラピリスが車体屋根から開けられた窓を伝い、車内後部座席へ体を納める。
どうしても無防備になってしまうラピリスの保護はゴルドロスに任せよう、俺とライナの仕事はデュラハンの撃破だ。
「師匠、自分はどうしたらいいっすか!?」
「ああ、まず俺が隙を作る。 その瞬間にライナは残りのリソースを全て使ってくれ、勝負が決まるのは一瞬だ」
「よく分からないけど分かったっす!」
説明が雑になってしまうのは悪いが、悠長に話している余裕もない。
今回の戦いでライナの存在は重要だ、兎にも角にも俺たちはあの魔人を追い抜く必要があるのだから。




