修羅・抜刀 ⑥
「―――――退けぇ!!!」
激昂に任せ、振り下ろした刀がアスファルトを切り裂く。
まただ、また躱された。 いや、どんどん回避の精度が上がって行く。
まるでこちらの動きに適応していくかのように。
『―――学習、貴様の動きは大体理解した。 その剣筋はもはや俺を掠める事も無い』
「うるさいですね……そこを退きなさい、ブルームスターが待っているんです!!」
焦りが募る、この魔物がブルームスターに与えたダメージは致命的なものだ。
下手をすればもう……いや、そんなはずがない。 彼女がこんな所でくたばるわけがないんだ。
『否定、あの手応えは確実に肺を蹴り潰した。 絶命は必至、故に気にするな、俺と戦え』
「っ――――摂理反転ッ!!」
挑発と分かっていても乗らずにはいられなかった。
いつもの詠唱を叫びながら刀を鞘へと仕舞う。
『……愚行、隙も作らず目の前で得物を収めるなど』
――――鞭のようにしなる脚が眼前に迫る。
ブルームスターを蹴り潰した一撃、反射的に軌道上へ鞘を突き出すが庇いきれない。
激突の瞬間、後ろに飛んで衝撃を和らげるが焼け石に水。
鞘ごと蹴り飛ばされた体は人気のない繁華街を無様に転げまわり、地に這いつくばる。
蹴りを受けた腕が痺れる、こんなものをまともに食らったブルームスターは……
『諦念、貴様が助けに向かった所で出来る事はない。 大人しく俺と戦え』
「お前……お前ええええええええええええ!!!!!」
沸々と怒りの感情が込み上げる。 許せない、こいつだけは許せない。
刀を握るう掌に血が滲む、痛みは煮え滾る頭が振り切る。
彼女とは相いれないが、敵ではなかった。 こいつは、こいつだけは――――
―――カランッ
……紐が千切れたペンダントが澄んだ音を立ててアスファルトの上へ落ちる。
その音が私の意識を怒りから引き剥がした。
『……どうした、戦う気がないならこちらから行こう』
魔物がわざとらしく緩やかな足取りでこちらへ近づいてくる。
闘争を誘うかのようなその歩みを尻目に、私は足元のペンダントを拾い上げた。
「……そう、ですね。 戦いますよ、ええ。 だが私の刀は殺すためだけに振るわれるものではない」
『……なに?』
「そうです……はは、そうだ。 私はこんな簡単な事を忘れていた、この手で大切なものを守るために私は魔法少女になったんだ」
握りしめたペンダントの輝きが次第に強く、そして紅く染まって行く。
ブルームスターに教えられた通り、私は私の信念を信じれば良い。
「私の『大切』を脅かすあなたを私は許さない、人々を脅かす魔物としてあなたを倒します!」
ペンダントが姿を変える、丸い宝石がはめ込まれた形から肉厚の剣を模した紅い形へと。
そして中央に備え付けられた凸部分を押し込むと、それは十字に展開して重ね合わせた双剣のように変わった。
「―――――双刀転刃!」
ペンダントが紅く輝き、地面から巻き上がる旋風が身体を包み込んだ。
――――――――…………
――――……
――…
≪Over……Over……! Over Heat! "BLACK HERO"!!≫
全身を包み込んだ黒炎が晴れる。 鮮明な視界にいつもより研ぎ澄まされたような感覚、そして血液と共に溢れ出た熱量が体へ戻ってくる。
身体はすこぶる快調、それどころかいつもより調子がいいくらいだ。
「んー……ハク、俺って今どうなってるか分かるか?」
《マス…………め……は、危…………!》
「……ハク?」
いつもならうるさく耳元で喚く声が遠い、まるで調子が悪いラジオのようにノイズ混じりだ。
この姿の影響か、時間がたてば戻るだろうか?
「……まあいいや、こいつを殺して待とう」
『ギヒヒッ! ナァンダソレ!!』
腕長の魔物が新たにボウガンを作り、引き金を引く。
瞬時に放たれる3本の矢――――おかしいな、さっきに比べるとまるで遅く見える。
牽制と思われる2本は軽く避け、残りの1本は掌に突き刺して受け止めた。
『ヒヒッ! 当タ……ッタァ?』
「……箒化も使えるみたいだな」
掌に刺さった矢を引き抜き、箒へと変えた。
いつもと違い何だか全体的に煤けた色合いに代わり、穂先は通常のものと違い黒い炎が揺らめいている。
柄は仄かに暖かい、まあ使えればどうでもいいか。
『ナアニソ―――レ゛ッ!?』
一足で距離を詰め、がら空きのどてっ腹に黒箒を叩きこむ。
遅い。 いや、俺が速くなったという訳じゃないな、この騎士モドキの反応が悪くなっているような気がする。
更に膝から崩れ落ちる騎士モドキの首根っこを掴み上げる。
『ガ……グ……熱゛、アアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!???』
手の中で騎士モドキが悶える、知った事か。 お前たちだって散々人を殺してきたんだろう。
だったらちょっとぐらい苦しんでから死んだって罰は当たらないはずさ。
『アアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!! オ前、離セエェエェ!!!!!』
今までの余裕はどこへやら、半狂乱に叫ぶ騎士モドキは得物を剣に変えてみっともなく振り回す。
長い腕で振るわれる剣が俺の腕を、胸を、片目を切り裂く。
『死ネ! 死ネ、死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ!! 何デ、何デ……死゛ナナイ……!!』
「なんでだろうな」
傷口からこぼれた血を掌で拭い、騎士モドキの腹へと押し当てる。
いつもと同じブルームバンカーの構え、ただし威力はいつもの比ではない。
腹部へ当てられた血が箒へと代わり、火柱を噴き上げて騎士モドキの体を貫いた。
『ガ――――グ、ブォエア……!』
「……流石だな、まだ生きてんのか」
しぶといな、だがそろそろ良いだろ。
これ以上生かしておく理由もない、掌で痙攣する騎士モドキを投げ捨てる。
その際、掌に首の皮が癒着していたのかベリリと嫌な音を立てて剥がれた。
『グギャアアアア!!!!! オ、前ェ……!!』
腹に風穴があいたというのに元気なもんだ。
騎士モドキはどこかに隠していたのか、紅い宝石を脚へと当てるとそれはアンクレットのように変形し、稲光りするエネルギーがその脚へと収束し始める。
「……いや、腕使えよ」
それを見てこちらもアスファルトに靴底をこすり付ける様に蹴り上げると、マッチ棒よろしく脚に黒い炎が灯った。
向こうが見るからに蹴りの構えなら、こちらも真っ向から叩き潰してやろう。
『死ネエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!』
軽い助走、更に腕で地面を叩いてカタパルトのように体を射出、騎士モドキは殺意と電撃を纏った跳び蹴りを繰り出す。 ……だがやはりその動きは完全に見切ることができた。
数歩前へ進み、相手の蹴りを半身で躱しながら勢い余ったその背に後ろ回し蹴りを叩きこむ。
ゴム質の肉を越え、めきめきと何かが砕ける感触が足に伝わる。
そのまま短い嗚咽を漏らして、騎士モドキは地面へと叩きつけられた。
『ガ、ハ……熱゛……痛゛イィ! アヅ、アアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!?? 痛゛イ! 助゛、助ケ……!!』
蹴りを打ち込まれた騎士モドキの背に、俺の脚が纏っていた黒炎が引火する。
魔物が無様に地面を転がる、だがその背に灯る炎はまるで消えず、それどころかむしろ広がって行くようだ。
『助……許、シ゛テ! ナ、何デモスル! ダカラ、殺サナイデェ!!』
「お前を許したところで死んだ人間が生き返るのか?」
『……ア、謝ルヨ。 コレマデノ事ハ、ダカラ助ケ……』
「答えろよ、俺の質問に」
『……許セヨォ……! コレダケ謝ッテンダカラ許セヨ! クソオオオオオオ!!』
その言葉を最期に、騎士モドキの全身が炎へと包まれる。
炎の中で悶える影の踊りは次第に弱まり、やがて大量の灰と大粒の魔石だけを残して燃え尽きた。
「……なんだ、やっぱり出来ないのか」
俺は風に吹き散る灰の中から、ただ残された黒い魔石を拾い上げた。
・ブラックローブ
ブルームスターが纏うローブがより黒く、そして長く変化したもの。
ロングコートのように足元まで伸びたローブは装着者の『存在感』を常に燃焼している。
そのため他者からは装着者の存在を「何だか黒い」程度にしか認識できず、攻撃などのアクションに対する反応がワンテンポ遅れてしまう。
燃焼状態であるため非常に高温、装着者自身も熱傷を負うが常に再生するため問題はない。
長時間の着用は装着者の存在を焼き尽くす危険性がある。
・黒化帯
ブルームスターの首に巻かれたマフラーが黒く変色したもの
装着者の代謝を向上し、更にアドレナリンの分泌を促し装着者に痛みを忘れさせる。
ただし変身解除後に激しいフェードバックが襲い掛かるため過信は禁物。
常に高温状態で接触したものを焼き尽くす、装着者は常に再生するため問題はない。
・ブラックヒーロー
ブルームスターが生成する箒が黒く変色したもの、先端は穂の代わりに黒煙が揺らめいている。
威力・耐久など全てのスペックが著しく向上し、更に抜群の耐火性能を誇る。
生成元となったものの特徴を引き継ぐ特性を失った代わりに、「悪人」「魔力」特攻の効果が付与されている。
これにより魔力を帯びた生物、悪を成した生物(特に殺人)に対して恐るべき威力を発揮する。
常に高温状態で接触したものを焼き尽くす、装着者は常に再生するため握っても問題はない。
・ブルームスター・黒化体
ブルームスターが謎のアプリによって変身した姿。
魔物の理不尽な悪意に触れ続けた事で魔法少女として根底にある願いが歪み、誕生。
通常の姿と比べて身体・魔力スペックが著しく向上。
全身のカラーリングが黒色で統一され、見るものに禍々しい印象を与える。
身に纏う装備は常に超高温状態を保ち、敵味方の区別なく近づくもの皆を灰へと変える。
特筆すべき能力は自身の存在を薪に炎を巻き起こす「忘我の魔法」
『自己の存在』という概念を燃焼することで炎の出力・それに伴う身体能力の強化などを行える。
この能力を振るうたびに人々の記憶から七篠陽彩、及びブルームスターの存在が薄れていく、
その代わり燃焼時には自身に刻まれた「傷」や「毒」などの負の状態も薄まり、実質的な再生魔法として転用可能。
この炎は魔力を持つ者に引火しやすく、同時に魔力を燃料として燃え続けるため対魔物に抜群の効果を生み出す。
彼の根底にある「消えてしまいたい」という願いが引き起こした最悪の魔法。
より多くの魔物を道連れにこの世から消えたい、そんな彼の独善的な考えがこの姿と炎を生み出したのだ。