ハイウェイ・デッドヒート ③
「……なるほど、それで私が呼ばれた訳っすね!」
「ええ、お久しぶりです花子さん……いえ、魔法少女ライナ」
午後一時、事件現場である私達が待つ魔法局の屋上に新たな魔法少女が降りたつ。
それはあの魔法少女事変で共に戦った元魔女……そして現魔法少女である山田 花子 その人だ。
「久しぶりだネー、京都で研修受けているって聞いたけど調子はどうカナ?」
「いやーははは……ロウゼキさんは知り合いの妹でも一切容赦ガナイ素晴ラシイ人格者デシタ……」
「うん、皆まで言わなくていいヨ……だいたい分かったからサ」
研修の思い出を語るライナの顔は蒼白に染まり、視点の合わない瞳が小刻みに震えていた。
私達の夏の思い出を思い返せば、彼女が受けた“研修”もおおよそ察することができる。
苦労をねぎらい、私とコルトは自然と彼女の肩に手を添えていた。
「そのうえでロウゼキさんが送り出したというのなら実力は問題ないでしょう、今回はとにかく高速機動力が必須です」
「はい、話はだいたい聞いているっす! ……けど、自分よりドレッドハートさんとかが適役じゃないっすかね?」
「残念ですが彼女は別件の魔物を追っているとのことです。 シルヴァも不調の今、我々が動かせる戦力は限られています」
思い当たる伝手に声をかけたが、本来なら貴重な魔法少女を1つの街に集める事は好ましいことではない。
駄目で元々、ライナの協力を仰げただけでも僥倖なのだ。
「しかし京都からここまで長かったでしょう、良くロウゼキさんから許可が下りましたね」
「それがっすね、“新人一人ぐらいの穴なんて気にせんと行って来たらええ”と快く見送られたっす……不気味なぐらいに」
「Ahー……、たぶんひよこに毛が生えた程度の新入りならいてもいなくても変わりnむぐぅ」
「流石ロウゼキさんですね、ご厚意に感謝いたしましょう」
余計な一言が飛び出しそうなコルトの口を素早く塞ぐ。
素直に見送ってくれるならそれでよし、皮肉であるならば気づかないほうがよし。
差し出がましい口なら挟まない方が望ましい。
「それで師匠……いや、ブルームスターさんはいないんすか? 一緒にいるって聞いたっすけど」
「ああ……彼女なら下の会議室にいるはずですよ」
――――――――…………
――――……
――…
こんがりバターの効いた味気ないトーストを齧る。 恐らく少し焼きすぎているが、許容の範囲内だと思う。
歯切れのいいスポンジのような、それを添えられた牛乳で胃に押し込む単調な作業を繰り返す。
《……マスター、もしやお口に合いませんか? 朝はご飯派でしたっけ》
「いや、良く焼けていると思うよ。 バターも良いもの使ってるのかな、香りが良い」
調理者である局長さんがこの場にいないのをいいことに、味の批評を誤魔化しながら手元のスマホをスワイプさせる。
……昨日、スノーフレイクと別れてから魔石を補給した記憶はない。
しかしホーム画面には、灼火体への変身を承認する赤いアプリが煌々と輝いていた。
《……私の見間違いじゃなければやっぱり使えますよね、灼火体》
「そうだな、ご馳走様っと……」
適当な返事を返しながら空になった紙皿をゴミ袋にまとめる、十分な量の食事は摂取したはずだが何となく満たされた気がしない。
スノーフレイクが話していた賢者の石、その進行度が悪化している影響なのだろうか。
これから先、おそらく灼火体の変身を妨げる条件はなくなったはずだ。 それと同時に、俺の身体も――――
《―――マスター、聞こえてますか?》
「ん? 悪い、ちょっと意識が飛んでた。 やっぱり疲れが抜けてないのかもなぁ」
《……あの、マスター。 やっぱり私、今回の戦闘は》
「箒、ちょっといいですか?」
ハクの言葉を遮るタイミングで、作戦資料を抱えたアオが扉を開いて現れた。
そしてその後ろから顔を覗かせたのはもはや懐かしい顔、あの魔法少女事変で共に戦った花子ちゃんの姿だ。
「ああ、大丈夫だよ。 それと久しぶりだな花子ちゃん、お姉さんの様子は?」
「お久しぶりっす! お姉ちゃんも元気っすよ、いやー目覚めた時は姉妹揃ってロウゼキさんにこってり絞られて……」
「ははは、そりゃ災難……っと、それより今は魔人の対処が先だな」
脱線しかけていた話を軌道修正する、このままでは再会の喜びで延々と話し込んでしまう。
募る話もあるが、彼女は件の魔人に対する戦力として呼んだのだ。
「現在、対象が潜在していると思われる道路はすべて封鎖してあります。 車両の準備が整い次第、我々もドクターが待つ現地へ向かう予定です」
「で、俺はというと……」
「予備戦力として待機、ですね」
予備戦力、聞こえはいいがようは「お前は戦うな」ということだ。
何故かドクターは今回の戦いから俺を遠ざけようとしている節がある。
正直黙って従う必要もないのだが、遠ざけようとする理由が解せない。
「えっ、どういう事っすか? 師匠はどこか怪我でも?」
「まったくもって健康だよ、そろそろ理由を聞かせてもらってもいいんじゃないか?」
「…………そうですね、実は――――」
思案する面持ちでアオが口を開いた途端、部屋中に緊急を知らせるアラームが鳴り響く。
確かこれは事前に決めていた出撃要請用のものだ、そしてこれが鳴るという事は……
『あーあー、こちらヴァイオレットだ。 出て来たぞ、デュラハンが』




