賢者の本質 ⑩
「………魔力は万能の代替エネルギー、つまり裏を返せばあらゆるものは魔力へ置換できる」
10年前、魔力が初めて発見された時に人類は歓喜した。
夢の万能エネルギー、しかしその夢は悪夢へと変わり、災厄の日を引き起こした。
魔物を呼び、無味無色無臭でありながら多量を吸収すれば死に至る猛毒、それが“魔力”だ。
「そんな机上の空論を実現してしまったのが賢者の石、世界を滅ぼす悪魔が私たちの中に潜んでいる」
「そいつは……ぞっとする話だな」
スノーフレイクの人差し指が交互に自らと俺を差し示す。
この世のあらゆるものが魔力へと置き換わる。 その先に待っているのは資源が枯れ、猛毒が蔓延する死の世界に他ならない。
そして、破滅の未来を齎すスイッチを俺たちが握っているという。
「この場に満ちる魔力がその証拠だよ、お兄ちゃん。 まだ間に合う、これ以上賢者の石の力を使わないで」
「……そんなもの使わなきゃいいだけだろ」
「この機能は強弱こそあれ、オンオフは出来ない。 私も微弱だけど常に周囲のものを魔力に変えているんだ……少しずつ少しずつ、この世界を削っている」
スノーフレイクの言葉が事実だとすれば、そこにいるだけでこの世界に害をなす存在ということだ。
本人の意思すら関係ない、生きているだけで当たりに害を振りまいてしまう。
「だから、お兄ちゃんはこうならないで……お願いね」
その言葉を最後に、スノーフレイクが踵を返してその場を立ち去ろうとする。
伝える事はすべて伝えたと言わんばかりに、だ。 去る背中は気のせいか、背の丈以上の小さく見える。
《……ちょっと、マスター。 黙って行かせるつもりですか?》
「行かせるつもりったって……」
心のどこかで月夜に似た彼女に対し、こちらから声をかけにくい意識がある。
だがハクの言う通り、このまま見逃すのは悪手なのはわかる。 だが……俺は改めて目の前のこいつをなんて呼べばいい?
「――――す、スノーフレイク!」
「―――……」
苦し紛れに口から出て来たのは、魔法少女としての妹の名前だった。
だがその呼びかけで彼女は反応を示し、足を止める。
「……ど、どこに行くつもりだよ。 お前」
「どこでもないよ、ただ町からは一度離れる。 私の身体からは常に微量の魔力が漏れているんだよ?」
本人はそうはいうが、この一帯に満ちる魔力に紛れて分からない程度の微々たるものだ。
確かに危険性はある、耐性のある魔法少女はともかく微量でも一般人に害はあるかもしれない。
頭じゃ分かっている、リスクがあることぐらい……だが。
「―――良かったら、店に来るか?」
「…………えっ?」
スノーフレイクも予想していなかっただろう台詞に、きょとんとした顔が振り返った。
優子さんを言いくるめるのはきっと至難の業だがどうせ店は広い、1人ぐらい増えてもどうにかなる。
問題はやはり魔力云々か、勘のいいアオなら気づくかもしれない。 誤魔化すにはどうしたらいいだろうか。
「お、お兄ちゃんとひとつ屋根の下で……ふへへへはへ……う、嬉しいけど駄目だよ……ほんのちょっぴり少しだけ心が揺れ動くけども駄目だよ……!」
《その割にはものすごい葛藤が見受けられますね……》
「う、うるさいっ。 ……お兄ちゃんは他の女と暮らしてるでしょ、“覚えられない”私がいると辻褄の合わない齟齬が生まれる」
「いや、言い方」
確かに鳴神家に居候する形だが、言葉にトゲがあるのは気のせいだろうか。
「それに、万が一にでも私はお兄ちゃんの恩人を傷つけたくない。 大丈夫だよ、何かあればすぐに私がお兄ちゃんを守るから」
「……そうかよ」
「ふふ、でも嬉しかった。 もっと話もしたいけど今夜は派手に動きすぎたかな」
まるで解ける雪のように、スノーフレイクの姿がすっと景色の中へ消えていった。
立つ鳥跡を濁さず、その場に立っていたはずの彼女の痕跡は足跡一つ残されていない。
《ドンマイです、マスター。 あなたにしては相当頑張りましたよ》
「そうかよ……というか、お前たちは何でここにいるんだ?」
《ゲホンゴホンッ……た、互いに聞きたい話はあるでしょうけど、まずはゴルドロスちゃんを起こしてからにしません?》
そういえば、灼火体で借りている間はゴルドロスはずっと眠ったままだ。
ふとゴルドロスの方を見てみると、うつぶせに倒れたその身体の上には大量の雪が積もっていた。
「うーわ、これ後でゴルドロス怒るぞ……」
《覚悟しましょう。 ……ん? マスター、ラピリスちゃん達から通信来てますよ》
一難去ってまた一難、目の前で眠っている災難に携帯の向こうから繋がる新たな災難。
賢者の石の事も気になるが、ひとまず頭の隅に追いやることにしよう。 ……そうしないと、頭の中がぐちゃぐちゃでパンクしてしまいそうだ。




