賢者の本質 ⑨
「おおううぅぅ……ぐっはぁ……よ、よくもやってくれたわねあの火傷面……!」
賢者の石に干渉し、制御権を行使……したまではよかった。
その後の暴走は完全に想定外だ、こちらの予想以上に前任者のポンコツが残した影響が大きい。
私の干渉に対して完全な拒絶反応を示した、その結果がこのざまだ。
「だが学んだわ、今度こそ完璧に制御権を奪ってやるんだから! ……で、どこかしらここ?」
右を見ても道路、左を見ても道路、どこかの高速道路のど真ん中まで吹き飛ばされたのだろうか。
幸いにも車通りは少なく、今すぐ轢かれるような心配はないが地理が全く分からない。
「まったく、こっちの世界は妙に発展してるからわっかり難いのよほんと……」
「へぇ、興味深い発言だね。 まるで別世界から来たような台詞じゃないか」
「そりゃそうよ、だって私は――――……」
……あまりにも自然に会話へ介入してきたせいで会話を返してしまったが、私にそんな仲間はいない。
恐る恐る後ろを振り返ると、背後には白衣を着たガキンチョと刀を携えた青いガキンチョの2人が立っていた。
魔法少女と思わしき二人組は、私に対してあからさまな敵対心を向けている。
「街はずれから強烈な魔力反応、そして急行中に現場方面から飛んで行ったあなた。 無関係とは言わせませんよ」
「常人なら悪ければ墜落死、そうでなくとも大怪我は免れない衝撃があったと思うが……なぜ無傷なのか、話を聞かせてもらおうか」
「え、えーっとぉ……」
どうやらぶっ飛ばされたところからバッチリ見られていたらしい、穏便に見逃してもらえる空気ではないようだ。
そして非常にまずいことに目の前の2人はそれなりの手練れだ、私単体では逃げ切ることは難しい。
私の正体にまでは至っていないようだ、どうにかもう少しだけ時間を稼がねば……
「それと昨日の蛹事件、君と似た姿を監視カメラが捉えているんだが……ちょっと署までご同行願えるかな?」
「思いっきりバレてるじゃない……!」
街の群衆に紛れ、賢者の石保有者と接触した記録まで洗われている。
思い出した、こいつらこの辺りを守ってる魔法少女だ。 まずい、ブルームスターと接点があれば私の正体が詰められる。
「待った、待った! 待ちなさいよ、そっちのは危なっかしいから刀なんて仕舞いなさい! 見ての通りこっちは無手よ!?」
「油断できない存在ということは察しております、不穏な動きを見せ次第斬り捨てますよ」
「なに、少しくらい斬り所が悪くても隣に医者がいるから安心してくれ」
「弁護士を呼んでちょうだい……!」
なんてことだ、こちらの世界では基本的人権と推定無罪の精神は尊重されていないらしい。
直観だがこのサムライ女とイカレ医者はやると言ったら間違いなくやる、それだけのすごみがある。
私が不穏な動きを見せれば即ずんばらりんの危機的状況……だが、救援は間に合った。
「……待て、ラピリス。 後方から強力な魔力反応、凄まじい速度で接近してくる」
「分かっています、しかし先に逃げられないように両足の腱を切っておきましょう」
「ねぇ、魔法少女ってみんなこんなもんなの!? 私無実だったらとんでもない事件だけどこれ!?」
あわや刀が私の脚を切りつける――――その瞬間、風の如く吹き抜けた何かが私の身体を掻っ攫う。
「……なに?」
『―――――……』
「お、おっそいのよバカァ……! ちょっとチビっちゃったじゃない!!」
路面の上に蹄を滑らせ、火花を散らしながらその巨躯が急停止する。
私を抱えているのは巨大な馬……その上にまたがる首なしの巨人だ。
いざという時のために予備選力を準備していたのは正解だった、当時の自分をほめたたえてやりたい。
「気を付けろ、ラピリス! 君ですら反応が間に合わない速度だ、そこらの魔物とはレベルが違うぞ」
「さーて、戦力差はこれで覆ったわ……それじゃあ今から―――」
新たに登場したこちらの首なし騎手を警戒し、2人の魔法少女が一歩後ずさる。
その警戒は正しい、ただの魔法少女じゃこいつには敵わないのだから。
だが……一歩引いたその隙が致命的だ―――
「――――よし、今よ! 全速力で逃げなさい!!」
「はっ!? ちょ、こら……待ちなさい!!」
三十六計なんとやらだ、立場が逆転したとはいえこんな事故のような出会いで戦いたくない。
それにドンパチが長引けば、あの採石場に残してしまった賢者の石がこちらにやってくるかもしれない。
ならば厄が振ってくる前にいったん仕切り直しで逃げるが吉だ。
「あーはっはっはっはっは! 一つだけ伝えておくわぁ、こいつを倒したければブルームスターを呼びなさい! あんたらじゃ一生かかっても倒せないからねぇー!」
 




