賢者の本質 ⑦
まず前方から絶え間なく飛んでくる刀剣の雨、これは氷の盾で受けながら運動エネルギーを凍らせて止める。
落ち着いて受ければ止めること自体は難しくない、問題はこれがほぼ無尽蔵で飛んでくるという点だ。
加えて――――この攻撃すら賢者の石からすれば氷山の一角にすぎない。
「次来るよ、一気に魔力が膨れる。 離れて」
「アイアイサー!」
効果の薄い弾幕にじれったくなったか、お兄ちゃんは次に両手で握った斧を大きく旋回させる。
一回転、二回転、回すたびにどんどん巨大化する斧は目の錯覚などではない、気づけばあっという間にそのサイズはお兄ちゃんの身長の数倍まで膨れ上がっている。
「なるほど、物量で駄目なら質量かぁ……試してみる?」
「――――」
応答は無言で振り下ろされた斧によって返された。
流石にこれを大気中の水分を凍結させた氷壁で受け止める事は出来ない、故にこちらも魔法で迎え撃たなければ。
「私の魔法は、凍化の魔法……そこにあるのなら例え炎だろうと、エネルギーだろうと、概念だろうと凍らせる」
辺りの水分が凍結し、舞い散る砂や塵を巻き込みながら雪となって降り注ぐ。
そして傍から見れば幻想的な景色の中で振り下ろされた大斧は、私を叩き潰すことなく寸でのところで制止した。
運動エネルギーの凍結、全力を振るえば絶対零度に至るほど何もかもを止めてしまう。 それが私の振るう魔法だ。
「……なんて、お兄ちゃんは知っているか。 他の誰よりもずっとずっと」
私の頭上で制止した斧が消失――――その途端、私の視界がガクンと揺れる。
足裏に感じる地を踏む感覚の消失、いつの間にか私の足元には空間の穴が広がっていた。
頭上に意識を向け、下方に仕掛けた罠に落とす。 定石と言ってしまえば定石だ。
「ふふ、けどこうも簡単に引っかかっちゃうと……ふふ、ふふふ……」
間一髪、私を挟んだまま閉じる異空間に切断される前に脱出し、笑みをこぼす。
いや、こぼれてしまう。 どうしようもなく嬉しいのだ、お兄ちゃんは今この瞬間の意識を私にだけ向けている。
私だけを見て、私の事だけに集中し、私という存在をどう攻略しようか思考してくれる。 なんと妹冥利に尽きる事だろう。
「ふふふ……あはははは! 嬉しいよお兄ちゃん、もっとしようよ! 昔は出来なかった兄妹ゲンカ!」
「Hey! ヒートアップはそこまでにしてよネ、お兄さんを正気に戻すのが先!!」
「……っと、うるさいなぁ。 分かってるよ」
さてどうしようか、こうしている間にもお兄ちゃんは私達を“学習”していく。
時間の経過は私達に一切味方をしない、1秒でも早く彼女のスマートフォンをお兄ちゃんに接触させるのがこちらの勝利条件だ。
……手段はいくつか考えている。 問題はお兄ちゃんがそれを許してくれるか、そして後ろの魔法少女がうまく合わせてくれるかだ。
「……うん、悩む時間もない。 まずは動いてみなきゃね」
散歩するような気軽さで一歩、致死量の魔力が満ちる間合いへと踏み込む。
まず初めに遥か彼方の上空から亜音速で落下する刀剣の雨が私の頭上を捕らえ、同時に周囲の魔力が熱を帯びて瞬く間に業火へと変わる。
熱量と運動エネルギーを凍らせ対処、氷点下の大気に霧散する炎の向こうで次に待ち構えていたのは、夥しい数の魑魅魍魎だった。
「わあ、すごいな。 これは私には真似できないや」
タカ、オオカミ、サル、カニ、ヘビ、ライオン、カエル。
大気中の魔力を凝結して円盤状の魔石を生成、それを変形させて獣を模した使い魔を無尽蔵に生み出しているのだろう。
とにかく種類と数が多い。 まるごと動きを凍結することもできるが、規模からして後ろの魔法少女まで巻き込む事になる。
――――だがそんな考慮はすぐに投げ捨てる事になる。
「…………! 後ろ、避けて!!」
一瞬早く“それ”の気配を察知し、襲い掛かる畜生たちを避けるように後方へ飛び退くがもう遅い。
獣たちの壁を突き破って飛んで来たのは極太の魔力砲、最初から炎も獣も目くらましにすぎなかったのだ。
ただただ純粋な魔力を集めて撃ち出す。 とてもシンプルで、だからこそ対処が難しい超火力の一撃。
「――――まずいな、もう理解されちゃったか」
この攻撃は私の魔法では止められない、目くらましに気を取られたせいで回避も難しい。
辛うじて展開できた氷の盾を砕きながら、私の身体を飲み込んだ魔力の本流は大地を削りながら岩壁を貫いていく。
「ホワイトガール!?」
後ろの魔法少女は私の指示を聞いてかろうじて回避してくれたのだろう、元気な声が聞こえる。
しかし私はというとたった一発でグロッキーだ。 全身に雷に打たれたような灼ける痛みが走る。
あれだけの魔力塊が直撃してまだ原型をとどめているだけ御の字だ、死にぞこなったとも言えるだろうが。
「はは、は……容赦がないなぁ……お兄ちゃんは」
「――――……」
流石お兄ちゃん、例え死にかけだろうと容赦がない。 膝をついた私に近づくことも無く、再び魔力の収束を始める。
もう一度同じ攻撃が飛んできたら流石に危うい、防御に回れば待っているのは死だけだ。
「……ああ、駄目だ。 お兄ちゃんになら殺されてもいいんだけど――――それは次の機会にしておくよ」
私に気を取られているお兄ちゃんの足元に、缶状の金属物がいくつか転がる。
それは先程と同じ閃光弾。 私が音と摩擦力を凍結し、黄金の魔法少女がこっそり転がしていたものだ。
そして効果範囲内まで到達瞬間に起爆、炸裂――――強烈な閃光がお兄ちゃんを包む。
「それじゃ後は頼んだ……よっ!!」
再び視覚を奪われたお兄ちゃんに向け、泥棒猫のスマートフォンを投げつける。
投擲の手ごたえは悪くない。 眼を瞑っても分かる、お兄ちゃんの体のどこかには当たるコースだ。
この短時間でやれることはやった、ただ懸念点があるとすれば――――
――――私のお兄ちゃんは、二度も同じ手を喰らうほど間抜けな人物だっただろうか。




