「ワイズマン」 ⑩
「ん-むむむむ……見えますか、ゴルドロスちゃん?」
「OKOK、バッチグーだヨ。 バンク製の双眼鏡だからネ、この距離でも十分」
寒風が吹く鉄塔の頂上、防寒具を纏った私とゴルドロスちゃんが代わる代わるに双眼鏡を覗き込む。
見通す先にあるのは町はずれの元採石場、そこでは今マスターと妹さん(仮)による密会が行われている。
「しかし双眼鏡が1つしかないと億劫ですね……取り出せるのは1つだけなんですか?」
「出費が嵩むからこれ以上は取り出したくないヨ、バンク経由の品物は値段も割高になるからネ」
「あー、出費が絡むと流石に無理も言えませんね……今のところどうなってます?」
「ンーとネ、今ワンピースの子? が服を脱いだところだヨ」
「何やってんですかあの二人!?」
ゴルドロスちゃんから双眼鏡を手渡され、慌ててピントを合わせる。
レンズ越しに見える景色は徐々に鮮明になり、対峙している2人の詳細が観測できる。
確かに自らのワンピースをたくし上げる妹さんと、それを見て硬直するマスター……だが、様子がおかしい。
「…………え?」
服をめくった下から覗くのは、未成熟な裸体などではなく――――ガラスのように透き通った輪郭の中に浮かぶ、赤い脈動だった。
――――――――…………
――――……
――…
「……賢者の石とは、無限の魔力で世界を汚染する毒物」
目の前の異常に対して魔力を感じる事が出来ない、まるでその存在が正常であるかのように。
「便宜上“石”と呼んでいるけどね、寄生……ウイルスに近いかな? 巣食われた宿主はその存在を少しずつ、賢者の石によって都合のいい形に変えられる」
何事もなく話し続ける月夜もどきの身体は、確かに透けている。
魔法やトリックなどではなく、彼女の身体は「それ」が当たり前なのだ。
「最終的に存在を丸ごと魔力に分解され、それでも魔力はとめどなく溢れて……その世界に魔力という存在が結果だけ残される」
透き通る身体を再びワンピースの下に隠した月夜もどきは、恥じらいが混ざった困ったような顔で笑っていた。
……なんでそんな顔が出来るんだ、こいつは。
「私は月夜の最後の輝き、お兄ちゃんが覚えている私の抜け殻に輪郭を与えて作られた……七篠月夜という存在だよ」
「……ぬけ、がら……?」
「うん、七篠月夜の存在が消滅する最期の瞬間、賢者の石は一番近くにいた人物――――お兄ちゃんへ核を移した」
七篠月夜の最期、それは獅子型の魔物に襲われたあの日の事だ。
俺の手の中で崩れる炭化した体、肉の焦げる嫌な臭い、次第に弱っていく妹の呼吸。
そして、“あとは任せた”と託された言葉……。
「……あの時、か?」
「ふふふ、正解。 本当に苦し紛れの緊急避難だったんだろうね、魔法少女じゃないお兄ちゃんの中じゃ賢者の石はほとんど何もできないのに」
「だから改めて宿主を――――七篠月夜を生み出した」
「そう、無茶苦茶な話だけどそれができるのが賢者の石なんだ」
「なるほどな、そりゃそっくりなわけだ」
俺の記憶から作られた妹の姿だ、少なくとも俺本人に見分けがつくはずがない。
本当に目の前の月夜もどきは本物と寸分たがわず……そして、別人なのだ。
「……そっくり、か。 やっぱりお兄ちゃんは認めてくれないんだね」
「ああ、そもそも性格が違うだろ。 あいつは実の兄に対してお前ほどグイグイ出るタイプじゃない」
「ふふふ、心外だなぁ。 お兄ちゃんは自分で思っているよりヤバい女を引き付ける才能があるよ? 実の妹の内情がこれだもん」
どういう意味かは深く考えないでおこう、知ってしまえば何故だか二度と今の生活に戻れなくなる気がする。
「心当たりはあると思うんだけどなー。 ほら、あの泥棒n……ハクとかさ」
「…………どういう意味だ?」
「分かっているはずだよ、お兄ちゃん。 あれがただの魔人なんかじゃないことくらい」
……魔人であるくせに人間へ友好的、そして電脳世界に存在するという特異性。
他者の魔石を取り込み、自分の力に変える能力。 魔力を察知し、素早く危機を知らせる感知力。
そして何より、魔法少女ですらない俺をブルームスターへと変身させる能力を持つ……俺の相棒。
「気づいているよね、まるでその在り方は共生関係だ。 誰かに寄生することで存在を確立している」
他者に依存……いや、寄生することで存在できる。
それではまるで――――
「お兄ちゃんがハクと呼んでいるものの正体こそ賢者の石の管理システム――――ワイズマンだよ」




