「ワイズマン」 ⑥
「……それ、本気で言ってるのカナ?」
「ああ、こんな時に冗談は言わねえよ」
朝食代わりのバターロールを噛み千切りながら、昨日の真実をかいつまんでコルトへと話した。
まあ月夜もどきに近づく部分は忘却の力が働くため、伝えられるのは「俺が今夜、黒幕に会いに行く」ということだけだが。
「ドクターの命が人質ネ、それじゃ私達は手を出せない……それでも命を捨てるような真似は感心しないカナ」
「別に殺されに行くわけじゃない、あくまで話し合いが目的だ」
「相棒も連れずに単身で踏み込むのは無謀が過ぎるヨ、せめて遠くから私たちが……」
「駄目だ、勘付かれない保証がない。 もし戦闘になれば絶対に勝てないんだ」
コルトたちは月夜もどきの忘却に耐性がない。
たとえ対面していたとしてもその事実を認識できず、ドクターのように一方的に攻撃されるだけだ。
加えて厄介なのが凍化の魔法だ。 本来あるべき代償を無視できる今、魔力すら凍結させるあれを破る手段がない。
「下手に刺激したらドクターが危ない、俺一人で向かうのが一番確実なんだ」
「……だったら、なんでわざわざそんな話をしたのサ、いつもみたいに黙って行動すればいいのに……いつもみたいに!!」
「いつもみたいに黙っていたら絶対後で怒るだろ?」
「うん」
迷いない返事と共に、ぬいぐるみの腸から刃がギラつく短剣を取り出すコルト。
そうか、事前に話しておかないとあれが俺の腹に刺さっていたのか。 命拾いした。
「ま、1割冗談だけどサ。 本当に理由はそれだけ?」
「……できればコルトにはハクを引き付けてほしい」
「ああ、なるほどネ。 一緒に行動していたら拙いもんネ、んー……」
コルトは少し思案したかと思うと、おもむろに取り出したスマホで何かを検索し、絞り出した結果の画面を俺へ見せる。
それはこの近くにある人気菓子店の公式サイトだ、画面中央には「毎朝20名様限定」のメッセージが添えられた派手なケーキの画像が載っている。
「…………分かった。後払いで良いか?」
「OK、むしろ後払いが良いヨ。 生きて帰ってもらわないと困るからネ」
交渉成立とばかりにはにかんで見せるコルト、良い性格をしている。
それでも対価がケーキ一つで済むなら安いものだ、入手には苦労しそうだがそこは努力しよう。
「さて、そろそろハクもゴミ出し終わってる頃だろ。 いい加減戻―――」
チリリと肌に刺さるような感覚、ここ最近で覚えた魔力の気配だ。
隣のコルトも察したようで、2人の視線が無言のまま交錯する。
「急ぐぞコルト、走れるか?」
「問題ないヨ、Hurry Hurry!」
察知した魔力の気配は小さい、しかし問題はその場所だ。
俺たちの間違いでなければ……魔力はハクと優子さんがいる店の方から発されたものだ。
――――――――…………
――――……
――…
黒い髪、黒いコート、そして対照的な白銀の瞳。
モノクロが反転したような色合いの「私」が目の前にいる、全体の色調や服装が同じならば鏡と見間違えてしまうほどに。
「……わ、私?」
「いいえ、私はあんたみたいな欠陥品じゃないわ。 私は完璧よ、あんたのようなヘマはしないもの」
「じゃあ、あなたは……?」
「ふんっ、気になるなら教えてあげるわ! 私はあんたの――――ぷぎゅっ!?」
「もしかして……私の妹ですか!?」
両手で頬を挟み込み、ふにふにとこねくり回す。 高級大福のような触り心地だ。
流石私(にそっくりな顔)、どう変形させても可愛い。
「いやーまさか私に一卵性の姉妹がいたとは……あれ、魔人の姉妹ってあり得るんですかね?」
「ぷぎゅぎゅぎゅ……あ、あり得るかぁ!!」
「うわー! ですよねぇ!!」
妹(仮)が両手を振り上げると、見えない力のようなもので私の腕が弾かれる。
肌に感じるこの気配は……魔力による攻撃だろうか?
「ふぅー……ふぅー……! ば、馬鹿にしてくれる……! 使命も忘れた間抜け面を拝みに来てやったのに、ほんっとの本当に腑抜けきってるわね、ナビゲーター!」
「な、なびげーたー? 何のことです? 妹じゃなかったらあなたは一体……」
見た目からして魔法少女ではない。 しかし魔力を扱う以上は、おそらく私と同じ魔人のはずだ。
そのうえ、彼女は私以上の私の事を知っているように思える。
「私はネロ、あんたの後継機よ。 それで、賢者の石の宿主はどこ? あんたの役割は私が引き継いであげるわ」
「賢者の……? ちょ、ちょっと待ってください。 言っている意味はよく分かりませんけど、もしかしてマスターを探してます?」
「ええ、そうよ。 なんだっけあの……モーニングスターってやつ! 」
「ブルームスターですね」
「それよ! 創造主はお怒りだわ、だから不出来なあんたの代わりに私が創られたってわけ」
少女の言っていることはよく分からない、なぜ今賢者の石の話が出て来るのか。
その他にも気になる単語はいくつもあるが、とにかく少女は私からマスターを引き離したいらしい。
「……や、やだ! やですよ、なんでマスターを渡さないといけないんですか!」
「バーカ、あんたに拒否権はないのよ! 嫌だってんなら力づくにでも……」
「――――ハク!!」
少女が再び見えない力を振るおうとしたその時、表口の戸を乱暴に蹴飛ばされる。
肩で息を繰り返しながら現れたのは、先ほどまで姿を消していたはずのマスターだった。




