「ワイズマン」 ①
灼火体・†ブラックリリー†
シルヴァの意思と接続し、強化された灼火体の一形態。
地面につくほど長いロングコート、モノクル、皮手袋などを身に着け、片手には杖として生成した羽箒つきのペンを持っている。 ちなみに四肢に巻いている包帯や鎖にこれといった意味はない。
他2形態のように武器としての運用はできないが、その本質は魔術の行使にある。
ひとたびペンを振るえば未知の言語で構成された魔術文の筆記を行い、シルヴァが扱う魔術の10倍を容易く超える出力で魔術を行使できる。
なおこの文章は1文字でもシルヴァの筆記速度で30分はかかる文量が込められた圧縮言語である。
ゆえに弱点であった筆記中の隙を極力減らし、とっさの短文でも十二分な効力を発揮できるが、代わりに魔力の燃費効率はやや悪化。
片手に抱えた魔術出力補助媒体「賢者の書架」は自動的に魔術として放出した魔力のおよそ50%を回収する。
回収した魔力は首に掛けた弾丸状のペンダント「シルヴァーバレット」へ蓄積し、必殺技として放つ魔術に上乗せしてその威力を何倍にも引き上げる。
多種多様な魔術の行使により、対応能力や全体的な火力は劇的に向上したが、その一方で防御面の性能はほかの携帯よりも低い。
「魔術行使特化型」、それが†ブラックリリー†に対する評価である。
……闇の中で意識が覚醒する。 体も動かず、周りは誰もいない。
ここはどこだろう、俺は何をしていたのだろう、思い出そうとすると頭にもやがかかる。
「……ハク、どこだ? いないのか?」
いつもはうるさいくらいの声が聞こえてこない、肌身離さず持ち歩いていたスマホも行方不明だ。
何処かに落としたのだろうか、探そうにも身体が動かない状況ではままならない。
「ハク、返事してくれ! くそ、どこなんだここ……」
「―――――盟……友……」
すると、耳が痛くなるほどの静寂の中に聞きなれたシルヴァの声が聞こえて来た。
酷くか細いその声は衰弱していることを悟らせるものだ、しかしかなり近い所から聞こえたが姿はまるで見えない。
「シルヴァ!? どうした、なにがあった!? どこにいる!?」
「め、い……ゆう……」
今にも消え入りそうな声が今一度聞こえて来て、気づいた。
シルヴァの声は、まっすぐに伸ばした俺の手元から聞こえてくる。
「盟友……どうして?」
「―――――はっ?」
シルヴァが声が途切れ途切れなのは、俺のせいだ。 俺の腕がシルヴァの首を締めあげている。
美しかった銀髪は血に汚れ、目を見開いて俺を見つめる顔の半分には酷い火傷と炭に染まっていた。
放そうとしても俺の腕はいう事を聞かない、むしろ抵抗するほどにシルヴァの首をより強い力で握りつぶそうとするばかりだ。
「クソ……クソ、なんだこれッ!? やめろ、やめろやめろやめろやめろ……!」
「盟友、どうして……なんで……」
「止めろ、止めてくれ……! 頼む、誰か止めて――――」
「――――なんでみんなを殺したの?」
不意に暗く染まっていたはずの世界に炎が灯る。
俺とシルヴァを中心に燃え広がる周囲には、倒れたまま動かない少女たちの身体が数え切れないほど転がっている。
……知っている、顔だった。 魔法少女たちだった、俺が今までであって来た魔法少女たちの骸が死んだ魚のような眼で俺を見つめていた。
その中には当然のように、ラピリスやゴルドロスの姿もある。
「――――――」
声にならない絶叫と、シルヴァの首を握りつぶす感触を最後に、俺の意識は途切れた。
――――――――…………
――――……
――…
「―――――っ……は、ぁ゛……!!?」
再び目を覚ますと、そこは堅いコンクリートの上だった。
辺りには雑多なガラクタがうず高く積み上げられている、どこかの建物の中だろうか。
頭痛が酷い、吐き気が込み上げてくる。 血の足りない身体は凍えるほどに冷たく、思った通りに起き上がってくれない。
「よかったぁ、電気はまだ生きてるんだ。 充電はこれで問題ないかな?」
「っ……誰、だ……?」
「おはようお兄ちゃん、私だよ。 気分はどう?」
ガラクタの上で棒付きキャンディを齧りながら、俺を見下ろしているのはあの月夜もどきだった。
ひょうひょうとした態度で飴を転がす奴の手元には、ハクが宿った俺のスマホが握られている。
「返、せ……ぐっ……!」
「ああもう、無理しないほうが良いよ。 ただでさえ満身創痍なのに、ワイズマンに変身したばかりで頭も体も限界でしょう?」
「ワイズ、マン……?」
「うん、ワイズマン。 まあ、何をしたかなんて覚えてないよね」
ワイズマン……その名前を聞くたびに頭痛が一層ひどくなる。
月夜もどきの言う通り、直前までの記憶がない。 思い出せるのはやけに鮮明な夢の内容だけ……
「……シルヴァは、どこだ……?」
「知らない、多分魔法局に回収されたんじゃないかな。 死んではいないと思うよ」
「ハクをどうするつもりだ?」
「今はなにもしないよ、ただ都合もいいし暫く寝てもらうつもり。 ここから先の話はお兄ちゃんも聞かせたくなくなると思うから」
充電ケーブルを引き抜き、雑な手つきで月夜もどきがスマホを放り投げる。
コンクリの床に衝突し、俺の足元まで転がって来たスマホには傷一つない。 一度充電が途切れたせいか、画面は黒いままだ。
「ここは最近まで不良が根城にしていた廃ボーリング場、ちょっと“お話”して譲ってもらったの」
ガラクタの上から降りた月夜もどきが俺の目の前まで歩いて来る。
……近づいて来て分かったが、月夜もどきの身体はいくつもの細かい傷を負っていた。
俺が気絶している間に戦闘があったのだろうか、“凍化の魔法”があってなお傷を負うほどの戦いが。
「チョコ食べる? 秋の新発売なんだって、モンブラン風味」
「……要らん、それよりお前には聞きたいことが山ほどあるんだ」
「何か食べないと血も廻らないよ? ああそれとも、味が分からなくなるのが怖いの?」
「………………なんの、ことだ」
「誤魔化さなくていいよ、お兄ちゃんの身体はワイズマンによって最適化され始めている。 食事や睡眠なんて無駄な機能はこれからどんどん削られていく」
月夜もどきがどこからか取り出したリモコンのスイッチを押す、すると天井に並んだ電灯が一斉に光を灯した。
……灯りがついた、ように見えた。 しかし俺の視界にはほとんど変化がない。
「気づいてなかったでしょ。 今は真夜中、灯りがなければ人の目は何も見えないはずなのに。 お兄ちゃんは随分はっきり見えていたみたいだね」
「なん、の……冗談だよ……お前、俺に何をした……?」
「私は何もしていないよ、お兄ちゃんをおかしくしているのは“ワイズマン”だから」
月夜の指先が胸を指す。
心臓が速くなる、頭が痛い。 目を背けていたものが、避けられない現実になって突きつけられる。
「――――変身するたび、お兄ちゃんは人じゃなくなっていくよ、その身体の中にある賢者の石のせいでね」




