再現される達人芸 ⑧
轟音が耳を劈く、それは絶えず降り注ぐ雷電に斬り裂かれた大気の悲鳴だ。
これまでとは段違いの密度と威力、貯め込んだ全ての電力を吐き出すかのように雷が飛来する。
しかし、その1つたりともマスターの身体を貫くことはなく、ましてや地上に届くこともない。
「相手も本気だ、シルヴァがいなけりゃこの時点で死んでたかもな」
マスターは飛んでくる雷もどこ吹く風といった顔で、空中に次々と見知らぬ文字を描いて行く。
幾重にも重ねられた文字は強固な障壁となり、飛来する雷が次々と霧散する。
それどころか、周囲に逸れるはずの雷すら磁石のように宙に描かれた文字列へと吸い寄せられていくではないか。
《これ、は……何をしたんですか、マスター?》
「ここら辺の文章が“避雷針”を意味するらしい、だから下に被害は及ばないよ。 全部こいつが吸い取る」
《らしいって……》
「分からん、術式の構成は俺じゃない誰かが頭の中で構築しているような感覚だ。 シルヴァの意識が代用してるのか……?」
どうやら描いている内容はマスターもよく分かっていないらしい、なんだか複雑な表情をしている。
ともかく灼火体と蛹の力は拮抗しているようで、次々と宙に書かされていく呪文を電熱が焦がしてく攻防が繰り広げられる。
しかしその光景は長く続かず、両者が打ち合わせたかのように雷と障壁が同時に消えた。
《あれ、マスター?》
「逸らした、けど相手も無駄な電力は使いたくないらしい。 すぐにこっちの動きに勘づいて乱射を辞めたよ」
見れば確かに、今まで吸いこまれていた雷撃は散り散りとなって電柱やビルの角に吸い寄せられていく。
試算した電撃の威力はせいぜい静電気クラスだろう。 よくよく観察すると、雷が吸い寄せられた箇所には空中に描かれたものと同じ文字列が見える。
いつの間にあんな遠くへ文字を書いたのか、これで分散した雷は脅威を失った。 だからこそ蛹も無駄な攻撃を撃ち止めたのだろう。
「油断するなよ、次が来る。 今度は避雷針に影響されないようにデカい一撃に絞ってな」
《では、何か策が?》
「無論」
なんとなく自信あり気にはにかむマスターの姿が、シルヴァちゃんの姿と被った。
……なんだろう、他の形態に比べて自我の侵食が強い気がする。 シルヴァちゃんの我が強い。
「相手もエネルギーの収束には時間がかかる、その時間はこちらにも大きなチャンスだ。 シルヴァの力を存分に生かせる」
マスターの言う通り、ビルに張り付いた蛹はまばゆい光を放ちながらその内部に電力を収束している。
いや、電気だけではない。 その内側には膨大な質の魔力が光と共に漏れ出していた。
《マスター、本当に大丈夫ですか!? あれ防ぎきれるんですか!?》
「ああ、無理だ。 だから防がない」
《……はい!?》
「何のために時間を稼いだと思ってる。 “あれだけ乱射していたら足場にも負担がかかる、だから今からビルの壁は崩れ落ちるんだ”」
マスターが今度は空中ではなく、手元の本にペンを走らせる。
どうやら今度は見知らぬ言語ではなく、滑らかな日本語でたった今語った内容を一言一句たがわず書き記しているようだ。
「それに何の意味があるのか」という私の文句が出るより早く、蛹のエネルギー収束が終わりを告げた。
《マスター、来ますよ! 防げないなら避け……》
ひび割れた蛹の隙間から極太の雷光が穿たれる―――その瞬間、マスターの宣言通り、蛹が張り付いていた壁面が音を立てて崩壊した。
身動きもとれずに空中に投げ出される蛹、その砲口は偶然にも空を見上げている。
空を、雲を、輝く星々を押しのけて……必殺のはずだったその雷光は、光り輝く柱となって成層圏の向こうへと消えていった。
《ま、マスター……今のは偶z……うぐぅ、何かドカンと魔力が減りましたけど!?》
「確かに、だいぶお膳立てしたけど随分持っていかれたな。 だがトドメを刺すには十分だ」
落下する蛹が地表の到達するよりも早く、マスターは手元の本へ何かを書き綴ってページを破り取る。
その紙片は独りでに紙飛行機の形を成し、音を超える速度で蛹へと飛んで行った。
「あれだけの電力を吐き出したんだ、すぐに次弾は用意出来ねえだろ。 今度はこっちがありったけを注ぐ番だ!」
≪†BURNING STAKE†!!≫
紙飛行機を追うように、マスターが宙を踏みしめ、駆け出す。
一足先に蛹に張り付いた紙飛行機はというと、折りたたまれていたその身を元の体積以上に広げ、磔のような形で蛹を拘束してしまった。
そのまま空中で制止した磔に括られた蛹には、もはやマスターが繰り出す必殺の一撃を躱す術は偶然だってあり得ない。
「言ったろ、お前は―――磔だってなッ!!」
炎の軌跡を描いて放たれたマスターの蹴りは、磔ごと蛹の身体を貫いた。
――――――――…………
――――……
――…
「っ~~~……! 大丈夫か、ハク……!?」
《の、残り充電3%……なんとか、なりました……》
灼火体を維持する魔力も残らず、地上への着地と同時に通常の白いブルームスターへ姿が戻る。
ハクも俺も本当にギリギリだ、もはやいつ変身が解けるかも分からない。
「お疲れさん、しんどい相手だったな……シルヴァを起こしたら帰ろうぜ」
《その前にあの蛹から魔石回収しましょう……おそらくかなり質がいいですよぉ……》
「ああ、そうだったそうだった」
疲労と安堵感で忘れていた、魔石があれば多少はハクにも気力が戻る。
そういえば蛹はどうなったかと空を見上げてると――――ちょうど俺たちの目の前に、巨大な蛹の殻がズドンと落下してきた。
「…………えっ?」
《うおっと、危うく押し潰されるところでしたよ。 ちゃんと落下位置を考えてくださいよマスター……マスター?》
……それは蛹の殻だ。 間違いない、今まで俺たちが戦っていた相手で、その中心にはたった今貫いたばかりの風穴がある。
だが、あり得ない。 こんなきれいな形で残るはずがない、倒された魔物はすぐに風化が始まるはずだ。
――――ひび割れた蛹の内部には、緑色の粘液以外何も残されていない。
「……ハク、駄目だ。 まだ終わってない」
《…………はい?》
「間に合わなかった……こいつはまだ生きて――――!」
全てが手遅れだったことに気付いた瞬間、死角から放たれた鋭い衝撃が俺の腹部を貫いた。




