再現される達人芸 ⑦
「すまぬ、遅くなった! 我が来たからにはもう大丈夫だぞ、盟友!!」
「なに、暇すぎて退屈してたぐらいだよ……」
月明かりに照らされた銀髪がふわりと揺れる。
口では強がって見せたが、最高のタイミングで救援に来てくれた。 今の雷撃を防いでくれなければ、俺は黒焦げになっていた。
「助かったぜシルヴァ、けど避難の方は!?」
「問題ない、魔法局も動き出している!」
シルヴァが指を刺した目下の街中では、発光帯を装着した職員たちが訓練された動きで避難誘導を行っている。
市民もパニックを起こさず、落ち着いて誘導に従っているのが見える。 これなら安心して戦えそうだ。
「頼もしいな……シルヴァ、あの蛹だが」
「分かっている、電撃とは厄介だが我ならば防げるぞ」
「頼りにさせてもらうよ、それともう一つ問題が―――シルヴァ、三時方向!」
「うむ!!」
迷わずシルヴァが本からページを破り取り、指示した方向に放る。
紙片が魔力の障壁を展開すると同時に、そのど真ん中に飛び込んできたのは蛹が放った雷だ。
……ただ、その電撃は初めに放たれたものとは真逆の方角から飛んで来た。
「頭も回るみたいだな、おまけに電撃は操作自在か」
「だが魔力を纏った電撃ならば感知でき……にょわぁ!?」
今度は真正面から飛来した電撃が、シルヴァが用意していた障壁を一枚撃ち抜いた。
何とか防ぎきったが紙片は炭化して空中に霧散する。 しかし問題はそこじゃない、今のは攻撃の予兆が殆ど読めなかった。
「電気に込めた魔力の濃淡を調整してこちらの感知を掻い潜ってるのか……!? シルヴァ、大丈夫か?」
「し、仔細ない……! だが火力がとんでもないぞ!」
「ここら一帯の電力を吸い取ってるからな、一発喰らえば致命傷だ。 慎重に攻めたいが残念な事に時間がない!」
ハクの充電は残りわずかだ、しかしそれ以上に気がかりな事がある。
未だビルに張り付いて放電を続ける蛹、まばゆい光の中に薄っすらと見える表皮には、光の筋がクモの巣上に広がっているのが確認できる。
初めに発見した際にはあんなものはなかった、それに時間が経過するほど光の筋が広がっているように見える。
「シルヴァ、あいつは電気を食い尽くして何をするつもりだと思う? すげぇ嫌な予感がする」
「……蛹であろう? ならば電力は……羽化するためのエネルギー、なのか?」
「意見は同じか、だったら躊躇ってる暇もないな」
寝込んでいるハクには悪いが、虚空から呼び出したスマホの画面を開く。
目的の紅いアイコンは、代わらずそこに鎮座していた。 ……先ほど充電のために魔石を投入したせいか、既に準備は万端のようだ。
「シルヴァ、灼火体を使いたい。 ぶっつけ本番になるが良いか?」
「うむ……うむ! 仕方がないな、切羽詰まった状況であるからな……我は構わぬぞ!」
待ってましたと言わんばかりにシルヴァが目を輝かせる。
正直土壇場での使用に不安な面は多々あるが、そんな思いも吹き飛んでしまうほどのいい笑顔だ。 はははこやつめ。
「いいか? ラピリス達から話を聞いていると思うが、これを使うとシルヴァは気絶――――」
しかし蛹もそんな俺たちの会話をのんきに待ってはくれず、四方から囲うように飛んで来た稲光が直撃した。
≪――――第二臨界を突破、“ワイズマン”より略式承諾≫
≪魔法少女名:シルヴァ(以下略)との接続を確認、固有魔法により接合を完了≫
≪限定解放―――――灼火体へと相乗します≫
――――――――…………
――――……
――…
《…………うぐぅ……》
いけない、少し気を失っていた。 反射的に起こした身体に鉛のような怠さがのしかかる。
全身の力が根こそぎ奪われる虚脱感、常に不足する魔力の感覚は人間で言うなら重度の貧血に似たものだろうか。
幸いにも気絶していた時間はそう長いものではない。 戦況は……マスターはどうなったのだろう?
《ま、マスター……?》
「ハク、もう少し寝ていてもいいぞ。 充電にも余裕が出来た」
いつもより落ち着いた声色のマスターが囁く、見れば画面に映る充電残量は50%ほどにまで回復していた。
蛹に吸い取られるよりも早く魔力が供給されるこの感覚、これには過去に二度ほど覚えがある。
《灼火体……使ったんですか、マスター!》
「ああ、今はシルヴァの魔力を共有している。 俺の何倍あるんだろうな、底が見えない」
スマホの内部から見るマスターは、基礎である灼火体の上から裾の長いロングコートを纏い、片手には何やら複雑な魔法陣が描かれた分厚い本を抱えていた。
左目に掛けられたモノクルの表面には幾何学的な模様が浮かび、常に何かを計測しているように見える。
何よりいつもは灰を被った様な艶のない白髪が、月明かりを浴びて透き通るほどの美しい銀髪に染まっているではないか。
「……この形態の性能はだいたい把握した。 だから決めたよ、あいつは磔だ」
豪奢な指輪で飾られたマスターの指先には、シルヴァちゃんの杖とよく似たペンが握られている。
そのまま空中にペン先を走らせれば、数多の線で構成された未知の言語が空間に刻まれていった。
≪――――第三臨界への突入を確認、以降“ワイズマン”への承認プロセスを破棄≫
≪不要機能のオミットを継続、了・了・了………………≫
≪“賢者の――――■■率――――現蝨ィ (& %――――≫




