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修羅・抜刀 ③

「――――母さん、急患です!」


「うちは病院じゃないよ、バカ娘」


結局アオに担がれたまま、喫茶店まで連れてこられてしまった。

親の顔より見た店内、だがこの格好で来たのは初めてか、低い視点で見上げた店内はいつもと違うような風景にも思える。


「……で、そっちの子は?」


「色々あって治療が必要な宿敵です、縁さんたちが駆け付けるまで少し場所を借ります」


「あ、あはは……どうもこんにちはぁ」


「酷い顔色だね、待ってな。 今布団を持って来るから」


「いやそこまで気ぃ使わなくていいっすよ、座ってりゃよくなるって」


そもそものんびりしている暇なんてない、今から縁さんたちが駆け付けるとなればなおさらだ。

しかしアオもお節介だな、問答無用で魔法局に連行する気だったら8割方終わってたぞ俺。


「そうですか、では失礼してよいしょっと……ところでその症状はいつから?」


「ついさっきだよ……なんでもねえ、すぐ治る」


アオの肩を借り、椅子に腰かけると背もたれにだらりともたれかかる。

口では大丈夫だとは言っているが全身の虚脱感は未だ回復する兆しも無い。

せめて箒を握る握力が戻れば、羽箒を使って逃げ出すことぐらいはできるかもしれないが……


「……本当に調子が悪そうね、水でも持って来るわ。 その子見ておいて」


「分かってます、絶対にこの店内からは逃がしません」


「チッ」


優子さんが空のピッチャーを探しに、スマホを持って調理場へと姿を消す。

必然的にこの場には俺とアオの二人が残された。


「……なあ葵さん、後ろにあるあれっていったいなんだ?」


「その手には乗りません、貴女は油断ならない魔法少女ですから」


「チッ、もう少し素直な方が可愛いと思うよ俺は?」


「余計なお世話ですっ!」


当たり前だが隙は無いか、どうにかアオの注意をそらさないと逃亡もままならない。

いや、それとも向こうが変身していない今のうちに強引に押し通るか……?


「……貴女は」


「ん?」


すると気まずい沈黙に耐えかね、不安げに首から下げたペンダントを握りながらアオが言葉を漏らす。

……アオの奴、あんなペンダント持っていたっけ?


「貴女はなんのために戦うのですか? 私にはそれが分かりません、魔法局との協力を拒んでまで何故……」


「色々あるんだよ、詳しい理由は話せないけどな。 ただ魔法局のやり方が気に食わない」


魔法少女を戦わせたくない俺と、魔法少女を積極的に戦いへ放り込む魔法局。

決して相いれない考えだろう、世間一般では魔法局のやり方が正しいのかもしれないが、それでも譲れない。


「……けどいきなりどうした、今までなら問答無用で斬りかかってきてもおかしくないのに」


「人を何だと思っているんですか! ……ただ、私にだって悩む事くらいあるんです」


「悩みねぇ……俺で良かったら聞くけど?」


気を逸らすきっかけになれば良いやと思った軽い冗談だった。

しかしアオは真剣な面持ちで向かいの席に回り込み、おもむろに腰掛ける。 マジか、そこまで思いつめるとは一体。


「……このペンダント、ドクターから貰った私の強化アイテムなんだそうです」


「そうか、くれ」


「やですよ! そもそも私専用です、他人が使っても意味がありません!」


おのれドクター、そういう便利なものが作れるなら誰でも使える様に作るべきだろう。

だが蒼く透き通る宝石を嵌めこんだペンダントは実にアオと馴染む、彼女専用と言われてもどこか納得してしまうくらいお似合いだ。


「ですが、今は使えないんです。 このペンダントを起動するには強い思いが必要だと」


「なるほどなぁ、それで?」


「……不安なんです、自分の気持ちは変わりないはずなのに。 魔法少女としての在り方を、このペンダントに否定されるようで……」


首から外したペンダントを両手で握り、アオは俯く。

そこにいるのはいつもの凛とした彼女ではない、雨に濡れた小動物のように弱弱しくて……


「……ばぁーーーかじゃねえの?」


「へっ?」


一笑に付してしまうくらバカバカしい。

間違ってると? アオが? 何を言ってんだこいつは。


「ンなわけねえだろ、間違ってるとしたらそのペンダントの方だ。 ちゃんと言い聞かせとけ」


「ひ、人が真剣に話してるのに馬鹿にしてぇ……!」


「馬鹿だよ馬鹿、お前が魔法少女として戦う理由ってのはそのチンケな首飾りに否定されるようなものだったのかよ?」


「っ―――――」


アオが言葉を失う。

昔、一度だけアオに何故戦うのか聞いたことがあった。

その時に彼女ははっきりと答えた、「大切な人のため」だと。


よくあるような理由、しかし彼女ははっきりと真剣なまなざしで答えたんだ。

その瞳が眩しくて、思わず目を逸らしたことを覚えている。 だからこそそれは誰かに否定されるようなものじゃない。


「……人の傑作をチンケな首飾りとは言ってくれるね」


「――――ああ、お早い到着で」


ドアベルが鳴り、不機嫌な声が背中に突き刺さる。

まだ10分も過ぎていないはずだが、魔法局ってのは暇なんだろうか?


「久しぶりかなブルームスター、治療と拘束のどちらを望む?」


「葵ちゃん、こっちこっち! こっちに来て!」


両手を上げてゆっくりと振り返る、そこに居たのはヴァイオレットと縁さん、それとその後ろに黒服の方々が入り口をふさぐようにずらっと並んでいた。


「……ちょっと、これは何の騒ぎ?」


「あっ、優子さん ちょっとお邪魔してまーす、あはは……」


水の入ったピッチャーとビン入りの錠剤を持って戻ってきた優子さんに、縁さんがぺこぺこと頭を下げる。

それで良いのか魔法研究の第一人者。


「おほん! さて、はじめましてブルームスター。 私は桂樹 縁、彼女達を統括するリーダー的存在だと思ってくれていいわ」


「知ってるよ、魔法研究の天才学者」


「そう、ありがと……顔を合わせてみてよかったわ、酷い色」


二歩近づいて、縁さんは俺の姿をじっと見つめる。

しかし酷い言い草だな、酷い色って。


「白と黒を基調とした貴方のパーソナルカラー、そのマフラーだけちょっと灰色がかっているかしら? それでもやっぱりいい色とは言えないけど……」


顎に指を当てて彼女はブツブツと何事かを呟く。

こうして人に観察されるのはあまりいい気分じゃないな、何のつもりだ?


「……“贖罪”?」


彼女がふとつぶやいた言葉に意図せずして体がビクリと跳ねる。

心臓が早鐘を打ち、止まっていたはずの脂汗がまた噴き出した。


「大分追い詰められている、貴女は誰に謝って……」


「―――やめろ」


「へっ……? きゃあ!?」


「縁!?」


彼女が羽織ったくしゃくしゃの白衣、その袖口に突如として黒い炎が点る。

慌ててヴァイオレットや周囲の黒服たちが消火に掛かるが炎はなかなか消えない、その混乱の隙に俺は席を立った。


「ブルームスター! 貴女、身体は……今のは貴女がやったんですか!?」


「……さあね、身体はもう大丈夫だよ。 すこぶる快調だ」


嘘じゃない、いつの間にか虚脱感は何処かへと消え去り両足には力が戻っている。

そのままふらふらと出口の方へ歩いて行けば、慄いた様子の黒服たちが自然と道を開けてくれた。


「ちょっとあんた……待ちなさい、今度はどこに行く気!」


ピッチャーの水を縁さんにぶっかけ、優子さんが怒気混じりの声を飛ばす。

だがその声を無視して、俺は扉を押し開けて逃げ出した。

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