再現される達人芸 ⑥
《―――マスター、上に逃げて!!》
「っ……!」
視界を奪われた中、叫ぶハクの声に押されて箒の高度を上げる。
背中に感じる肌を刺すような熱は間一髪で回避に成功した証だ、だがまだ油断は出来ない。
《そして右に思いっきり! ああ行き過ぎですぶつかりますよ! そして下、ずっと下!!》
「どんだけ飛んでくるんだ……よッ!!」
鼓膜を掠めるバチバチという音は絶えず飛んでくる雷光の音だろう。
ハクの指示に合わせて必死に箒を操り、紙一重の回避を繰り返す。
しかしそんな危なっかしい延命が長く続くわけもなく、躱しきれなかった一撃が羽箒の尾へ被雷した。
《わぁー!? マスター、燃えてます燃えてます!》
「ああ、やっと見えて来た……!」
光に慣れてきた目を擦れば、雷撃を喰らった箒の尾が盛大に炎を上げていた。
当然そんな状態で飛行能力を保てるわけもなく、浮力を失った箒から投げ出された体が、路上に転がる。
「な、なんだ!?」
「魔法少女……? だ、誰?」
「離れてろ、ボケっとしてるとかばい切れねえぞ!」
最悪な事に、周りにはまだ避難していない市民がかなり残されている。
状況を把握しきれず、混乱したまま足を止める人々の中で動き回れば巻き添えは必至だ。
《マスター、早く箒を! また飛んできます!!》
「―――ハク、使うぞ!」
《っ……ああ、もう!!》
俺の身体が吹き上がる黒煙に包まれると同時に、目のくらむ様な稲光が俺へと直撃した。
「うわっ、雷!?」
「やっば、絶対おかしいってこれ。 早く逃げよ!」
「えー、携帯繋がらないし……でも誰も当たんなくてよかったね、今の」
――――――――…………
――――……
――…
「追撃はない、か……ハク、周りの様子は?」
《……ええ、大丈夫です。 ちゃんとマスターの事を忘れています》
逃げ込んだ路地裏から表通りの様子を窺う。 幸いにも混乱は少ないまま、皆自主的に避難を始めたようだ。
蛹もあくまで攻撃されなければ反撃を行わないのか、今のところはビルの張り付いたまま動きがない。
黒衣の効果は有効。 魔物も含めて皆が皆、俺の存在を意識の外を追いやってしまった。
「今のうちに距離を詰めるぞ、見つかればまた同じことの繰り返しだ。 どうにか至近距離から一撃で仕留め……っ」
無意識で体を支えようとし、壁に触れた腕に激痛が走る。
黒衣に変身する寸前、放たれた雷撃は完全に躱しきれるものではなかった。
雷撃に右腕が巻き込まれ、黒焦げとなった腕には箒を握る握力も残っていない。 全身感電しなかったのは不幸中の幸いか。
「もしかしたら花子ちゃんのような電気によく似た魔力攻撃って事か? なら……ハク」
《………………》
「…………ハク? なんだ、怒ってるのか?」
無理もないか、切羽詰まったとはいえまた忠告を無視して黒衣を使ってしまったんだ。
そろそろ堪忍袋の緒が切れても仕方ない、だが今はどうにか機嫌を直してもらわなければ。
「悪かったよ、説教ならあとで幾らでも受ける。 けど今は……」
《………………》
「……ハク?」
違う、機嫌が悪いわけじゃない。 ただ口もきけないほどに衰弱しているだけだ。
虚空から取り出したスマホの画面を確認すると、既に充電は5%を切っていた。
《すみませ……大声出すと……一気に消耗が……》
「馬鹿、そう言うのは早く言え!」
手持ちの魔石をありったけハクに与える。 すると充電残量も回復するが、魔石の質が悪いせいか10%台が精いっぱいだ。
おまけに蛹の電力略奪は止まっていない、今こうしている間にもじわじわとハクの電力が奪われている。
「ハク、無理せず喋らなくていい。 灼火体は使えるか?」
《…………》
短いバイブレーションののち、画面上に赤いアイコンが大きく表示される。
蛹の相手に時間を掛けられない以上、こちらも切り札を切る覚悟が必要だ。 魔石の投入で第一の使用条件は満たしている。
だが問題はもうひとつ、灼火体を相乗するための相手が近くにいない。 シルヴァと連絡を取ろうにも電波は常に圏外だ。
「ラピリス達はまだ来ないのか……!? クソ、時間がない!」
気ばかり焦り、妙案など思い浮かぶはずもなく羽箒で飛びあがる。
空に昇ればシルヴァたちも見つけやすく、俺もシルヴァたちから見つかりやすい。
問題があるとすれば、蛹からも俺の姿が良く見えるということだろう。
案の定、羽箒の高度を上げた途端に鋭い雷光が俺へと襲い掛かる。
「まあそう来るよ……なッ!」
滅茶苦茶な軌道で飛び回り、的を絞らせないことでなんとか雷撃を躱し続ける。
だが雷撃が絶え間なく飛んでくる間は、ろくに距離も詰められない。
充電という制限時間がある以上、こんなものは苦し紛れの策でしかないのだ。
「参ったな、ハクに頼れないとこんなにしんどいか……!」
どうにか残り少ない時間で隙を作れないか―――そんな俺の思考をあざ笑うかのように、再び街中の明かりが全て消え失せる。
明るさに目が慣れてきた途端の消灯。 空中で激しい軌道を描いていた俺は、暗闇に目が追いつかずに自身の座標を喪失する。
「にゃ、ろう……!!」
そして、僅かに箒の動きが鈍ったところへ縫うように放たれた雷撃を躱す手段が俺にはなかった。
「――――盟友!!」
迸る稲光を遮るように、俺の目の前に一枚の紙片が舞い込んだ。
まるで見えない障壁があるかのように、俺の目の前で霧散する雷撃。 ああ、相変わらず頼りになる。
「さっすが……いいタイミングだぜ、シルヴァ!」
「すまぬ、遅くなった……! 我が来たからにはもう大丈夫だぞ、盟友!!」




