再現される達人芸 ④
「現場は……この辺りか?」
既に当たりの日は落ち、夜闇が街並みを覆い始めている。
暗がりの死角が増える夜は魔物の時間だ、早く見つけないと被害が増えてしまう。
「クソ、急に気配が分からなくなった……ハク、分かるか?」
《ちょっとお待ちを……ふーむ、微かですがそれっぽい気配が1つ。 それにしてもよく気づきましたね》
「なんつーか一瞬だけ勘が冴えたというかな。 まあ、偶然だよ」
《いや、それにしては―――っと、マスター。 下を見てください》
ハクに促されて箒上から街並みを見下ろすと、通りの一角に人だかりができているのが見える。
既に騒ぎが起きているのか、と心臓が跳ねたがどうも様子が違う。
聞こえてくるのは黄色い歓声と奇異によって向けられる携帯たちのシャッター音、そして人だかりに囲まれている銀髪の少女は良く知った顔だ。
「―――シルヴァ! 何やってんだこんな所で?」
「め、盟友ぅ! 我はただこの辺りから魔力の気配を感じてぇ……」
箒の高度を落とし、人だかりの中央に降り立つと半べそ掻いたシルヴァが抱き着いて来た。
なるほど、大体の事情は分かった。 魔物の存在を察して駆け付けたが、見つけるよりも早く群衆に捕まったってところか。
「そうか、分かった。 魔法局へ連絡はしたか?」
「ここに来る前にすでにな、ただ他の面々は別に用事があると……」
ラピリスたちは今頃ドクターの警護に当たっているはずだ。
ただ全員を一か所に固める訳にもいかず、魔法による対応力が広いシルヴァが残されたらしい。
「わ、ブルームスターも来た!」
「やばいやばい、雑草組が揃ったじゃん。 エッモ!」
「腰ほっそ、衣装可愛よ……資料撮らなきゃ……」
周りからひっきりなしに焚かれるシャッター音が止まない、俺たちがここにいると余計に人も集まってしまう。
出来れば早く避難してほしいが、魔物がいると素直に伝えればパニックも起きかねない。 どうするか。
「魔法局から人員は送られないのか? 流石にこの人数を2人で誘導するのは―――」
厳しい、と言い切る前に周囲が突然暗くなる。
人だかりに伝播する小さな悲鳴とどよめき。 一体何が起きたのか、その理由はすぐにわかった。
「……灯りが、消えた?」
等間隔で設置された街灯、立ち並ぶ建物の窓から漏れる電灯、ビルの一角に飾られた巨大モニター、それに信号機や道を走る自動車に至るまで。
空に光る星明り以外、街を照らす全ての灯りが消えてしまったのだ。
「なに、ちょっとなにこれ!?」
「いった!? おい押すなって!」
「やだ怖いやだ、何も見えない!」
「ママー、どこー!」
人から人へ、混乱が急速に広がっていく。 まずい、放っておけば大事故にすら繋がりかねない。
すぐに羽箒で人ごみの頭上まで飛び、掌に野球ボール大の火の玉を作り出す。
「みんな、落ち着いてくれ! 子供もいる、見えない状態で押し合うと踏みつぶしかねない!」
「う、うむ! 今代わりの照明を用意する!」
どうやら火の玉の光に照らされ、俺の呼びかけを聞く余裕ができたようで人ごみに伝播しかけていた混乱は落ち着いて来た。
その間にもシルヴァがページに筆を走らせて術式を書き上げ、空へと投げる。
風船のような緩やかさで浮上した紙切れは、10mほどの高度に到達すると宙で制止し、柔らかな光を放ち始めた。
「1時間は持つはずだ、まずは皆道路から離れてくれ! 携帯のライトはあまり使わぬように、どうやら電気が断たれたと我は見る!」
「……シルヴァ、断たれたのは電気だけじゃなさそうだ」
手元に呼び出したスマホの画面を確認すると、電波の通りを知らせるアンテナが1本もたっていない。
電波も断たれたと見て良い、自動車のライトも消えたところを見るとただの停電でもなさそうだ。
《ま、マスター……ななななんか力が抜けていくんですけどぉ……》
「ああ、急速に充電が減って行ってるな」
《ま、魔物の仕業ですよこれぇ……しかも私と相性最悪です……!》
俺のスマホはハクが宿っている限り、ほぼ充電は減らない。
しかし今手元に呼び出したスマホからはみるみると充電のゲージが減っているのが確認できる。
画面の中にいるハクも調子が悪いらしい、ホーム画面にプカプカ浮かぶ姿は死にかけの魚のようだ。
「魔石を幾つか渡すからタイミング見て食べろよ、それでも20%切る時は教えてくれ」
《はぁい……ちょっと裏に引っ込んでますね、多少マシです……》
手元のクズ魔石をいくつか画面に落とすと、スマホが虚空に収納される。
相当辛いようだ。 魔力を電力として使っている分、全身の力を奪われているようなものなのだろうか。
「シルヴァ、避難終わったら手伝ってくれ。 どうやら今回の魔物は電気を奪うみたいだ」
「……うむ、どうやらそのようだな」
こちらの呼びかけに対し、シルヴァは遠くの景色から視線をそらさずに答える。
一体何を見ているのか、彼女が見ている先を辿ると、ビルの一点から放たれる強い光源が目に留まる。
「盟友。 どうみてもあれだ、今回の元凶は」
「ああ、そうみたいだな……」
それは「蛹」だった。 その昔、昆虫図鑑で読んだ覚えのある蝶の蛹。
遠近感がおかしくなりそうなサイズでビルに張り付いたそれは、その身体から溢れ出す火花により、この闇の中で眩しいほどに光り輝いていた。




