再現される達人芸 ③
「……チッ、やはり駄目か」
ベッドで仰向けになったまま、鉛のように重い指先を動かし、ゲーマチェンジャーのログを辿る。
しかし自動録画されていたはずのデータは殆どが損壊していた、不完全なカセットを長時間起動しているせいか。
「……それとも、意図的に消されたか」
改めてこの病院に担ぎ込まれるまでの記憶を振り返る。
襲撃されたのは東京地下にある第一魔力研究所、これに間違いはないはずだ。
だがその前後の記憶がどうしても曖昧だ、襲撃者の顔すら思い出せない。
「忘れられる魔法か、想像以上に厄介だぞ……しかしボク一人を相手に燃費が悪すぎやしないか?」
人の記憶、映像、痕跡、あらゆる残滓を抹消する魔法。 そんなもの本来ならばデメリットにしかならない。
目撃者一人を殺した証拠隠滅のため、ここまで念入りな処置が必要なのかと疑問に思う。
下手をすれば家族や友人すら自分の存在を忘れてしまうはずだろうに。
「こちらの予測以上に効果範囲の調整が効くのか……? いや、それにしては違和感がある……クソ、ローレルさえいれば何か分かったものを」
そもそも魔法少女の力とは当人の心を映すもの、「誰も彼もから忘れられたい」なんて心の底から願うものがいるのだろうか。
ありえない、そんな人間がいるなら真っ先に飛び降りなり服薬なりで自ら命を絶っている。
「忘却される効果は副次的なもの……? 冷蔵庫がものを冷やすために熱を発するような―――」
「―――古村さん!! 生きていますか!?」
「お、あ―――うぎゃぁっ!?」
突然の入室者に気が反れ、持ち上げていたゲーマチェンジャーが顔面に落下した。
強かに鼻を打ち付け、反射的に身をよじると今度は胸の傷口から血が溢れ出す。 ピタゴラスイッチの地獄絵図だ。
「くっ……カハ……コホッ……!」
「き、救急車ー!?」
「お、落ち着け……葵……そして病室では静かに……!」
駆け付けてくれたのは素直に嬉しいが、負傷が増えた。
魔法少女事変ではあれだけの大喧嘩を繰り広げたというのに、開口一番に人の心配か。
ボクは怒鳴られるどころかこのまま牢獄入りしてもおかしくないというのに、まったくこのお人よしめまったくまったく、本当にまったく。
「落ち着けと言われても……そのケガは……」
「大丈夫じゃないけど大丈夫だ、即死はしない」
はだけたシーツの下から露わになる傷口に気付いてしまったか、葵の顔から血の気が引いて行く。
気丈に笑って見せたが、ただの虚勢であることは見破られている事だろう。
「…………大丈夫、なんですか?」
「そう見えるかい? ……ああ、今のは少し意地悪だったな。 正直なところを言えばすごくつらい」
死に至る激痛が気絶も許されずに続く、自前で打ち込んだ痛み止めも効果が薄い。
いっそ死んだ方がマシとも思える苦痛だ、口が裂けてもそんなことは言えないが。
「治療法は心配しなくていい、ほうき星のあんちくしょうが捜索中だ。 実に癪だが、今回の事件は彼女に任せるしかないんだ」
「箒の事ですか? 事情を詳しく聞かせてください、私も何か力になることがあれば手伝えます!」
「すまないね、色々と複雑で……待て、箒?」
「え? ああ、ブルームの名前らしいですよ、おそらく偽名でしょうけどね」
ブルームスターの偽名、しかしそこは問題ではない。
問題は呼び方だ、貧血による幻聴でなければ今「箒」と呼ばれていたような気がするが。
「……りぴーとあふたーみー」
「ほ、箒……?」
「ちなみにゴルドロスの事は何と呼ぶ?」
「コルト、ですね」
「……じゃあボクは?」
「古村さん」
「………………」
ゲーマチェンジャーの画面をタップし、通話モードを起動する。 我が杖ながら便利なものだ。
電波の接続は良好。 数度コール音が鳴ったのち、ブルームスターが電話を受ける。
『もしもし、ドクターか? 何かあっt』
「お前を殺す」
『えっ』
ありったけの呪詛を吐き捨ててすぐに通話を切る。
調子に乗るなよ、ボクの方が葵と付き合い長いんだからな。
――――――――…………
――――……
――…
《マスター、ドクターは何と?》
「分かんない……怖い……」
今まで生きてきた中で一番強い殺意を向けられた気がする、怖い。
病院で別れて十数分、一体何があれば齢一桁の小学生があれまでの殺意を宿せるというんだ。
《ま、まあよく分からない事はいったん置いておきましょう。 それよか目の前の問題を優先です》
「あ、ああ。 そうだな、まずはあいつの傷を何とかしないとな」
月夜もどきを探し出し、討滅……もしくは最低でもドクターに掛けた魔法を解除させる、それが最優先事項だ。
問題は闇雲に探して見つかる相手ではないと言うこと、唯一の手掛かりは前回あいつが言い残した「白雪が降る頃に」という言葉だけだ。
《海外はどうですか? 寒い地域なら雪だってジャンジャカ降りますよ!》
「そういう事じゃないと思うんだがな、なんて言うか雪を降らせるって発想はまちが――――」
《……? マスター、何か見つけましたか?》
「―――魔物だ、こんな時に……!」
上空から索敵を続ける中、ふと数百mは離れた地点から濃い魔力の気配を感じとる。
カサカサと蠢くような……人型ではない、表通りから隠れるように行動しているようだ。
月夜もどきとは違うが、見つけた以上は放っておくわけにもいかない。
《えーと……うわ、本当にいた! 良く気付きましたねマスター》
「行くぞハク、人に危害が加わる前にさっさと倒す!」
目標地点に向けて箒を飛ばす、こんなときに間の悪い魔物だ。
今はちょっとばかし虫の居所が悪い、すぐに倒して月夜もどきの捜索に戻らなければ……




