再現される達人芸 ①
耐えがたい苦痛に眼が冴える。
見上げたジプトーンの天井は見慣れたものだ、嫌でも自分がどこにいるのか理解させられる。
腕に刺さった点滴は誰かのものだった血液をとくとくと流し込んでいるが、今の私に対しては効果が薄い。
「よう、起きたか。 気分はどうだ?」
「……最悪だ、寝起きで最初に見る顔が君か」
窓から差し込む夕焼けを背にし、丸椅子に腰かけていたのはブルームスターだった。
自分が目覚めるまで見守ってくれていたのだろうが、なんでよりにもよってこいつなんだ。
「まあ気分の良し悪しは置いてだ、自分の状況は分かるか?」
「……葵の店までたどり着いたところまでは覚えている」
命の危機に瀕し、真っ先に浮かんだのが彼女の顔とはボクも未練がましいものだ。
しかも裏技を使ってまで店まで這いずって来るとは……我がことながら顔が熱くなる。
「俺が近くを通りかかって無かったらそのまま死んでいたかもな……いや、死なないのか?」
「ふん、その口ぶりだと今のボクの状態は理解しているか……」
「ああ、医者が驚いてたよ。 生きているはずがないってな」
邪魔なシーツを退けると、その下から露わになったのは包帯に巻かれた痛々しい傷跡。
刺突を受けた傷穴の直径は目測で10㎝を超えている、医者でなかろうと分かる致命傷だ。
「おまけに傷の治癒もほとんど……いや、まったく進まない。 ドクター、お前は何を喰らったんだ?」
「……柔らかくない、熱くない、鋼じゃないもので胸を貫かれた。 詳細な内容は覚えていない」
東京の地下、ブラックボックスに等しいあの第一魔力研究施設にて自分は10年前の事件を追っていたはずだ。
油断がなかったか、と問われれば自信はない。 しかしそれでもボクが易々と背後を取らせたはずがない。
「直接は記憶できなかったが、こうして直接“それ”を示さない情報は覚えている。 何の役に立つかは分からないが……」
「氷だな、それに傷口の治癒が“停止”されたか。 殺意が高い……」
「なんだ、君は何か知っているのか?」
「ああ、心当たりはあるけど話しても記憶できない。 襲われる寸前に何を調べていたんだ?」
「……それが思い出せない。 記憶ごと持っていかれたな、思い出すにしても時間がかかるぞ」
あの店にたどり着くまでの記憶を辿って行くが、時系列が古くなるにつれてだんだんと記憶にもやがかかって行く。
襲われた時に何か仕込まれたか、どうやら以前のボクは虎の尾を踏んだらしい。
「そうか、それならそちらの問題は置いておくとして……何で生きてるんだ?」
「バグ技だよ、いざという時のために隠していた虎の子のカセットさ」
変身中のボクから引き剥がすことができなかったのだろう、懐に入ったままのゲーマチェンジャーを取り出す。
その背に刺さっているのは毒々しい紫色をしたカセット、タイトルを「神業再現」という。
「ゲームと呼ぶには不完全な代物さ。 正確には既存のゲームを改造するゲーム、その過程で多くのバグを吐き出すけどね」
任意のバグを呼び起こし、実行する改造コード入力カセット。
上手く使えば文字通り、どんな神業だって再現できるが、その過程で発生するバグは生身で実行するには耐えがたいものも多い。
壁抜けひとつだって命がけだ、文字通り命がいくつあっても足りない。
「そんなもん使って大丈夫なのか……?」
「元々は初期のころに作った試作品だよ、本当にどうしようもなくなったときの奥の手。 あまり使いたくはないが、これのお蔭で今ボクはHPが0を下回っても生きている」
チェンジャーの画面に表示されたボクのバイタルは既に心肺停止を示している。
推測になるが、傷口を蝕む「停止」の力とやらがバグと絡まって一際おかしな挙動を起こしているのだろうか。
「だが致命傷は変わりないだろ、どのくらい持つ?」
「……本当に察しが良くて嫌いだよ、君は。 1日はなんとか耐えられるね」
ゲームならこのゾンビ状態でも好き勝手動き回れるだろうが、現実はそうもいかない。
痛みは体を縛り付けるし、失われ続ける血液は思考を鈍らせる。
魔力というリソースを消費している以上、この延命にも限界があるのだ。
「1日か……邪魔な物さえなくなれば、傷の手当は可能か?」
「ボクを誰だと思っている、幸いにも脳と心臓は無事だ。 自分の負傷は自分で面倒を見るさ」
「分かった、停止の方は俺が何とかする。 お前にはまだ聞きたい事もあるからな、絶対に死ぬな」
「なんとかするって―――」
どうやって?という疑問はその思いつめたような表情を前に飲み込んでしまった。
被害者のボクですら覚えていない相手だ、手がかりは殆どない。
それでもブルームスターの表情は、何らかの確信をもっているものだった。
「ラピリス達もそろそろ見舞いに来る、心配かけたくないならポーカーフェイスの準備はしておけよ」
「待て、君は……どうするつもりだ?」
「―――お前を殺しかけた奴を殺してくるよ、こいつは俺のケジメだ」
……まるで親の仇を見つけたような憎しみを瞳に宿し、その言葉を最後にブルームスターは病室を去って行った。




