嫉妬の対価 ⑧
針を刺した対象を操る能力があるとして、問題はどうやって相手に針を刺すかだ。
馬鹿正直に近づいて針を突き刺すのは現実的じゃない、なによりそんな面倒な真似をあの蜂女が好む気がしない。
もっとスマートなのは……まさに今実演されたような、銃弾のように針を撃ち込む方法だ。
「……あらァ、チョコマカ逃げ回るのだけは上手いわね?」
「テメェの腕の悪さをこっちに押し付けんなよ、この距離で外すとかその目玉は飾りか?」
予想通りと言えば予想通り、あいつの武器は飛び道具だった。
風船のように膨れ上がった腕の付け根、そこから円錐状の針が射出されたのが辛うじて見えた。
だが、本当に「辛うじて」にすぎない。 この足じゃ事前に分かっていなければ回避も出来ずに顔面が吹き飛んでいたはずだ。
「次はちゃんと狙えよノーコン、お前も爺さんに当たったら困るだろ?」
「当たらないんでしょ、なんかの方法で私はあんたに引きつけられているんだもの」
……頬を伝った冷や汗は蜂女に見えなかったと願いたい。
やはり知能は魔物の比ではない、既にそこまで勘付いているのか。
「アッハ! 違和感に気付けばさァ、なんとなーくわかったわ。 何で私は今日に限って、ジジイの直上なんかに位置取っちゃったのかしら?」
肌にチリリと殺気が突き刺さる。 蜂女は笑っているが、膨れ上がる怒りの気配がまるで隠せていない。
黒衣の時間制限は貴重だ、しかし頭では分かっていても攻めに転じる事が難しい。
「ねえ、誰の仕業なの? 大人しく差し出すならお前は楽に殺してやるわ」
「地獄で閻魔様にでも聞けよ、何でもお前の思い通りになると思うな」
「思い通りにならない? アッハ、違うわよ、全部私の思い通りになるわ! だって私には力があるから!!」
蜂女が笑いをこらえきれず大きく噴き出し、腹を抱えて俺から視線を外した――――その瞬間を逃さない。
存在希釈を重ね、一足飛びでもぐりこんだ懐に叩きつけた柄の一撃をねじ込む。
回避反応すらさせない文句なしのクリーンヒット……だった。
「……だから、こんなブッサイクな箒をいくら振り回したって無駄なわけ」
「っ……!」
掌に伝わってくるのは肉を抉る鈍い手ごたえなどではなく、鉄塊を殴りつけたような骨に響く衝撃。
ビクともしない、外骨格に覆われた蜂女の鳩尾に叩きこんだ箒は柄から砕けている。
「私は強いの、だから何をしたって良い。 だって、文句を言っても止められる奴なんて誰もいないじゃない」
「こそこそ逃げ回って隠れてたくせに口だけは随分デカいんだな、ああ見た目通りだったか」
有無を言わさず放たれた蹴りが、傷を負った俺の足を抉った。
むき出しの肉に与えられた熱い痛みが、俺の意思に反して蜂女の前に片膝をつかせてしまう。
「っ゛――――――!!」
《マスター!!》
「アッハ、お前は挑発が巧いのね。 いいわ、乗ってあげる。 ジジイは後でゆっくり追い詰めれば良いから……さっ!!」
蜂女が激痛に顔を歪めた俺の頭を掴んで手近な壁に押し付け、そのままガリガリと壁面を滑らせる。
魔法少女の身体がこの程度で傷つくはずもない、殺すつもりなら掴んだ時点で針を撃ち込めばいいだけだ。
こいつは嘗めているんだ、この行為には優越感を得る以外の意味がない。
「私の身体はね、あんたのダッサい箒じゃ傷一つつかないわ。 一緒にいた金髪だって、外の連中だって私には勝てないの!」
「この、好き勝手言いやがって……!」
「だけどっ! あのジジイが作った音楽ってものに私は一瞬だけっ! 心を奪われた!!」
凄まじい握力で掴まれた後頭部に鋭い痛みが走る、それこそ文字通り針に刺されたような――――
「私は欲しいものは何だって奪ってきたけど、奪われるのは大嫌いなのよ。 許せないからあのジジイからなんでも奪う事にした」
「ああそうかよ、子供の駄々のほうがまだ行儀がいいな……!」
「アッハ! 今から死ぬ奴が何を言っても負け惜しみよねぇ、それじゃバイバイ」
零距離で放たれる針の一撃、この握撃から逃れるのはほぼ不可能だ。
……ならば、出し惜しみなんてしている暇はない。
「ハク……使うぞ……!」
「なに、遺言? ダメダメ、聞いてあげ――――あっづ!?」
「確かにお前の物理耐久はとんでもない……だけど熱なら硬さは関係ないだろ」
《ああ、もう……こうなるから使わせたくなかったんです……!》
いくら堅い外皮でも熱は遮断できない、まして使用者の身体すら焼く高温だ。
こらえ性のない蜂女はあっさりと手を離し、逃げるように距離を取る。
ああ、そういえばスズメバチはミツバチの体温で殺されるんだったか。
「信ッじられない……あり得ない、頭おかしいの……!? イカれてるわ……!!」
《そこだけは大変同意しますが、仲良く談話できる相手じゃないですね。 制限を切った以上はさっさと決めてください!》
「ああ、分かって……ぇ゛……」
赤熱した箒を握ろうとして、取りこぼしてしまう。 掌に力が籠らない。
視界が歪む。 口からビタビタと零れるのは自分の血だろうか、口内に鉄の味が広がる。
呼吸すらままならず、酸素が足りない頭じゃ思考がまとまらない。 理由は、 一体 な に―――
「―――でも終わりよ、お前。 だって私に二回も刺されたんだもの」




