嫉妬の対価 ⑤
一瞬何が起きたか分からなかった、明滅する視界と心地の悪い浮遊感に自分が落ちているのだと教えられる。
頭上から奇襲を受けた? 魔法少女が何故「ここ」にいる? そもそもどうやって私の出現位置を?
落ち着け、まだ大丈夫だ。 何とか態勢を立て直せば―――
「こちらツヴァイですわー。 園の予想通り、ドーム直上にホシを発見。 今から叩き落しますわ」
「っ――――――!!」
落とされると分かっていても、制御姿勢を失った私が抗う術はない。
そのまま後頭部に与えられた二度目の衝撃と共に、忌々しい魔法少女の手によって私の身体は地上へと墜とされた。
――――――――…………
――――……
――…
『……ブルームスターが受けた攻撃を解析した結果、射撃はほぼ地上と水平に撃たれていた。 しかし線上を辿っても、該当するような射撃点は見つからない』
もうもうと舞い上がる土煙の中、視界の悪化を意にも返さない機械的な声が無線機から響く。
私も耳は傾けながら、土煙の向こうから感じる気配への警戒は忘れない。
ゴルドロスすら逃した相手とはいえ、こうも近ければ嫌でも魔力を感じられる。
『そのため飛行能力を有する相手と判断、空からの俯瞰視点だったからこそ地下を移動した魔法少女たちを見失った』
「その予想はすべて的中していたと、さすがの推理ですね」
『ただの推測、不確定部分も多かった。 もしくは縁の力によって“そういうこと”として辻褄が会わせられたのかもしれない』
だとしても結果として噛み合ったのだから十分だ。
おかげでこうして頭上からの奇襲を仕掛け、今まで隠れ潜んでいた魔物を眼前まで引きずり出せたのだ。
『縦軸さえ合わせられるなら、こちらには成層圏すら到達可能な魔法少女がいる。 あとは神の杖よろしくお姉を撃ち込めばいい』
「撃ち込まれる側の身にもなりましてよ!? 死なないけど死ぬかと思いましたわー!!」
魔物と共に墜落し、地面に作られた人型のへこみから土まみれのツヴァイが這い出てくる。
いくら魔法少女とはいえ、パラシュートも無い超高度からの墜落は肝が冷えたことだろう。
『魔法少女は落下で死なない、お姉の度胸の問題』
「園、姉に対するあなたの気持ちはよく分かりましてよ……!!」
「コントはそこまでにしてください、来ますよ!」
土煙を斬り裂き、とうとう敵の全貌があらわとなる。
一言で表すならば、それは「人型の蜂」だった。
「―――ア……アア……!!」
黄色と黒の警戒色、人の胴体にくっつけられたような巨大な蜂の腹。
ギチギチと蠢く腕は4本もあり、とげとげしい外骨格に覆われている。
射殺すほどの眼孔で私達を睨みつける顔は巨大な複眼に覆われ、鋏のような大顎からは緑色の体液が零れていた。
「よくも……よくもぉ……! このワタシにィ、土を付けたわねェ!!!」
『……かなり流暢に人の言葉を介している。 やはり予測通り“魔人”の域に到達している』
「厄介ですわね、おまけに全力で叩きこんだはずですのにそこまで効いてませんわよ」
“嫉妬”という複雑な感情を理解しているという前提から、敵が相応に知能の高い存在であることは予想の範疇だ。
魔人、東京事変で出会った黒騎士やペストマスクのような魔物の上位互換。 その脅威度はこの身で散々実感してきた。
こちらの感知範囲を避けるほど用心深い相手、ここで倒さねば討伐の機会は二度とないかもしれない。
「ボイジャーは上空、戦線復帰は難しいですわ。 つまり戦えるのは我々だけ」
「ええ、本丸まで届く前に私達で出来るだけ削りますよ」
「削るゥ? 倒すじゃなくてェ? ……アア、そう。 ワタシに何かしてる奴がいるのね?」
……もきゅ太郎の魔法が発動している以上、護衛対象とこの魔人が接触することは避けられない。
だが、我々がその間の障害として立ちふさがる事は出来る。 なるべく時間を引き延ばし、敵の体力を摩耗させることも。
「許せない、許さない、ワタシが気に入らない真似をするやつはどこまで逃げても必ず縊り殺してやるわ」
「嫉妬というよりこれは傲慢ですわね……しかしそうはさせませんわよ」
「降伏するなら楽にそっ首切り落しますが、その気はなさそうですね」
「アッハ! 降伏ゥ? そんなわけないじゃない、良いからそっちこそ退きなさいよ。 居るんでしょ? その先にあのジジ―――」
ガギンッと硬質な音を鳴らし、魔人の顔が跳ね退いた。
隣に立つツヴァイが構えた杖から放たれた弾丸だ、意識の合間を射抜くような早撃ちは躱す隙すら与えない。
だが音からして致命傷には至らない、追撃は私の役目――――
「……アア、分かったわ。 お前から先に死にたいのね?」
いざ斬りかからんと踏み込んだ先―――魔人の顎は、自らに向けて放たれた弾丸を魔芯で挟みこんでいた。
「でもワタシは相手してあげない、お前にはそれが良い嫌がらせになるでしょう?」
『……! ラピリス、一歩後退!!』
無線機越しの警告とほぼ同時か四半秒ほど早く、私の足元が鳴動する。
そのまま地面から飛び出してきたのは、私をゆうに飲み込めるほどの大口を開けた、巨大なミミズのような魔物だった。
 




