嫉妬の対価 ④
『―――通信テストに入る、ノイズが入る場合は教えてほしい。 どうぞ』
「こちらブルームスター、クリアですよどうぞー」
「こちらゴルドロス、隣に同じくだヨ」
翌日……作戦が決まってから魔法局の行動は速かった。
2時間後には決戦となる舞台を用意し、市民の避難準備など諸々の支度をすべて完了。
夜が明けるとともに配られた資料には、今回の作戦について事細かな内容が記されていた。
「行動が早いのは良い事だが……その、何か見落としとかないよな? 不安になって来るんだが」
「ツヴァイの演算と局長その他職員によるダブル、トリプル、クアトロチェック。 ヒューマンエラーは出来るだけ防いだはずだヨ、それより足の調子はどうカナ?」
「ああ、万全じゃないが何とかな」
痛み止めと適切な処置のおかげで、歩くだけならなんら問題はない。
走ったり跳ねたりも歯を食いしばればなんとかなる、ようは気合いの問題だ。
「ま、いざという時が来ない事を祈ってるヨ。 そちらも準備は良いカナ、マエストロ?」
「ふん、覚悟はとっくにできておるわい。 はよせい」
『モキュー』
バンクを抱きかかえるゴルドロスの前に、爺さんが自分の指を差し出す。
あとはこの指をバンクが噛みつけば、爺さんの因縁は赤い糸を辿って引き寄せられることになる。
「作戦の確認だヨ、ターゲットと会敵したらブルームの指をバンクが噛む。 避難ルートは覚えているよネ?」
「軽く10は超えている逃走経路じゃな、全部頭に入っておるわい。 ……しかしな、決戦の場すらも“これ”か」
爺さんが改めて周囲を見渡り、辟易した顔を見せる。
そう、見えざる魔物との決戦に選ばれた舞台は当の昔に廃棄され、今は誰も寄り付かない旧コンサートホールだ。
客もいないがらんどうのホールに立つのは俺たち3人だけ。 街からも随分と距離がある、ここなら以前のような大群が押し寄せようとも街に被害はない。
「丁度良くぶっ壊していい建物がここくらいだったんだヨ、閉所なら相手の逃亡も防げるしネ」
「ふん、嫌味か当てつけと思ったわい。 ……わしが逃げる前に壊さんようにな」
「HAHAHA、昔と違うんだからサー。 そんなことしないヨ、たぶん」
「お前本当アメリカで何やらかして戻って来たんだよ……」
つくづくアメリカがおっ被った被害額が気になるが、今詳しく聞けるような状況でもない。
爺さんも長話することも無く、差し出した指をバンクに噛ませると、赤い跡がついた自身の指をしげしげと眺める。
「なんじゃ、本当にこれでよいのか?」
「ああ、問題ない。 あとは外で何か変化あればラピリスたちから連絡が入ってくるはずだ」
無線機からの合図に合わせ、バンクは俺の指に噛みつけるようにスタンバイしている。
一度縁が巡り合ったらバンクの魔法は効力が切れる、そうなると魔物の引き付け先は新たに赤い糸が刻まれた俺へと変わるわけだ。
「…………」
「不服そうだな、爺さん。 トドメを刺せないのが気に入らないか?」
「ワシは魔力などけったいなもんは持っとらん、どの道じゃ。 それに近くにいようと邪魔になる、合理的な判断じゃろう」
「申し訳ないな、理解はしているが納得は出来ないってところだろうけど今はその感情を飲み込んでほしい」
「……お主、本当に子供か? そこのトリガーハッピーよりよっぽど貫禄があるわい」
「人の悪口いうならもっと小声で喋ってくれないカナ!?」
流石に年の功、鋭い。 だが心臓に悪いだろうからどうか真相には気づかないでくれ。
《マスター、おじいさんが噛まれてからそろそろ5分経過です。 一度外と連絡を取りましょう》
「っと、そうだな……」
ハクに促され、無線機を手に取った瞬間――――着信を知らせるランプが点灯した。
――――――――…………
――――……
――…
視た、見た、見た。見つけた、分かった、知ってしまった。
どれだけ厳重に警戒しようとも、完全なほころびがないわけがない。 鳥の一羽、虫の一匹、必ず見落とす隙はある。
まだわかっていないのかしら、どこに逃げようったって絶対に無駄なのに。
あなたの周りにいるもの全部、その忌々しい魔法少女が全員死んでしまえば分かってくれるのかしらね。
それとも、その無様なコンサートホールでまたあなたの音を掻き鳴らすつもりかしら?
「――――――……」
駄目、駄目よ。 それだけは絶対にダメ、許してあげない。
あなたには二度とあなたの音楽を奏でさせない。 だって私が欲しいと思ったのだから。
私が欲しいのに、他の人間なんかに聴かせるなんて不公平でしょう?
あなたの大事な地位も、子供も、信頼さえも奪ったのに。 まだ音楽を手放せないなんて悪い人。
それとも飛行機を堕としたのを怒っているのかしら、だって逃げるあなたが悪いのだから仕方ないでしょう。
そこまで分からず屋なら良いわ、こっちにだって考えがあるんだから。
さあ―――何人の魔法少女があなたのために死んだのなら諦めてくれるのかしら?
「答えは0人ですわー。 文字通り、高みの見物とは良い御身分ですわね?」
「―――――!?」
突然、頭上から叩きつけられた強烈な衝撃と共に、私の視界はぐるりと回った。




