嫉妬の対価 ③
「もしかして自分の身を犠牲にすればなんでも解決できると思っています?」
「そんな事はないっすよ……ええ……」
年端もいかぬ女の子に説教されるというのは。酷くみじめな気分になるもんだ。
足の具合を慮ってか、正座は免除されたのがささやかな幸いだ。
「ま、ブルームが無茶な事言いだすのはいつもの事だけどネ」
「なので私もいつもの如く怒りますよ、修羅と化します」
「ならしょうがないネー、骨は拾うよブルーム」
『モッキュ』
「諦めが早い……!!」
余計な火の粉を避けるため、そそくさと距離を取るゴルドロスたちに恨みがましい視線を送るが、なしの礫だ。
それより今でもだいぶ激おこだと思うのだが、これからさらに修羅になるとどうなってしまうんだ。
「言いたいことはわかる……! だけどな、他になんか手が思いつくのか!?」
「馬鹿にしないでください、あなたの手を借りなくても打開策なんて用意出来ますよ……局長が」
「私かね!?」
無茶振りをする当たり、対案はなさそうだ。
後ろで控えているツヴァイたちも何も言わない、気持ちは皆同じだろう。
「ラピリス、よく考えろ。 いざという時に襲われるのがあの爺さんと俺だったらどっちがマシだ?」
「五十歩百歩ですよ、あなたもその足でまた狙われたらどうする気です」
「頑張って避ける」
「論外です」
「半分冗談だよ、それにそうならないようにラピリスたちがいるんだろ?」
「…………むぅ、それは卑怯ですよ」
ラピリスが膨れてそっぽを向く、少し卑怯な言い方だったろうか。
それでも彼女達の実力を信頼しているのは確かだ。 俺の役割は危険なものになるだろうが、この魔法少女たちなら命を預けて悔いはない。
「はいはいそこまで、口喧嘩はブルームの勝ちだネ。 作戦は決まりカナ?」
「私は納得したわけでは……」
「しかし明確な対案も無い、このまま会議を躍らせるよりも方針を固めて対策を練った方が良い」
全員完全に納得しているという訳でもないが、俺の提案は何とか受け入れられたようだ。
「ま、そういう訳でブルームにはしっかり休んでもらわないとネ。 今日の所は帰ってちゃんと休んだらどうカナー」
「ん、分かっ……て、おい。 そんなに押すなって」
方針が固まったと見るや、ゴルドロスが重くなった場の空気を流そうと俺を部屋から押しやろうとする。
踏ん張りの効かない足でそのまま部屋の外まで押し出されたまま振り返ると、俺の肩を掴んだゴルドロスが不機嫌そうに眉をしかめていた。
「ブルーム、本当に大丈夫なのカナ? 私達ももちろん努力はするけど完璧じゃないヨ、何か自衛策はあるんだよネ?」
「ああ、もちろ……」
「言っておくけどあの黒い恰好は認めないヨ、なんかよくない気がする」
「………………モチロンアルヨ?」
ゴルドロスのじっとりとした視線が張り付いて離れない。 俺も随分信頼されていないもんだ。
まあ、その原因のほとんどは自業自得なのだが。
「あー、心配すんなって。 いざという時の切り札はちゃんと備えているよ、お前たちに心配を掛けない方法をな」
「信用していいんだよネ、騙したらあとで怒るヨ」
「ああ、でもその時が来ない事を祈ってるよ」
ゴルドロスに背を押されながら、スマホの画面を眺める。
その中にひときわ輝いて見える深紅のアプリ、動作の保証がない以上はあまり使いたくない奥の手だ。
「ン、スマホがどうかしたのカナ?」
「いや、なんでもないよ。 ただ、いざという時は頼りにしてるから援護は頼むぜ」
「援護って……やっぱり自分で戦う気満々だネ」
……しまった、つい本音が出た。
――――――――…………
――――……
――…
「―――ふん、なるほどな。 ようやっと腹を括ったか、まったく日本人は物を決めるのが遅くてかなわん」
「私はハーフだけどネ、そっちこそ本当に大丈夫カナ?」
会議室から抜け出した俺たちは、そのまま地下の空き部屋で保護中の爺さんの元へ向かった。
彼の足元には書きかけの譜面がいくつも散らばっている、この短時間で随分な量を書いたもんだ。
「踏んだら駄目だヨ、ブルーム。 書きかけでもかなり値段が付くはずだからネ」
「そう言われると札束が転がってるように見えて来たな……」
「欲しければ何枚でもくれてやるわ、どうせどれもこれも未完成じゃわい。 どうもあの日から筆が乗らんもんでな」
あの日、というのは孫娘を失った日のことだろう。
何年もの間、彼の心の中には徒らに復讐心と才能がくすぶっていたのだ。
「それで、決行はいつになる?」
「まだ未定、だけど遅くはならないヨ。 悠長してるとまたこの魔法局が壊されかねないしネ」
「ワシの命はかなぐり捨てて構わん。 どうせ老い先短いもんじゃ、その代わりに必ず仇は討ってくれ」
「滅多な事は言わないでくれよ、あんたの事は俺たちが守るさ。 あんたが繋いだ縁は俺が引き継ぐことになってる」
「……なんじゃと?」
爺さんの顔が途端に怪訝なものに変わる。
俺は公的な魔法少女ではなくただの野良だ、まさかそこまでする義理も無いと思っていたのだろうか。
「……俺も妹が魔物に殺されたようなもんでな、気持ちは少しだけわかるよ。 それにあんたが万が一にでも死ねば魔法局は大バッシングだ」
「そんな事はさせないけどネ、みんな生きて終わらせるヨ」
全員の無事は大前提、出来れば無傷が最良だ。 当然「全員」の中には爺さんも含まれる。
「その時はあんたのオーケストラを聴かせてくれよ、マエストロ。 天国まで届くようなとびっきりの奴を」
諸悪の根源さえ断てば、きっと床に散らばる譜面も形になる。
さて、出来上がるレクイエムは我が子か魔物か、どちらに手向けるものになるのかな。




