100億ドルの花束を ⑨
「ただいま戻りました。 魔法少女ラピリスほか6名、帰還です」
「おお、良く戻って来たね。 皆無事で何よりだ!」
魔法局のエントランスをくぐると、落ち着かない様子で受付前をうろうろしていた局長さんが安堵した表情で俺たちを出迎えた。
「まずは医務室! ブルームが負傷しているんだヨ、応急処置じゃ済まないから医療スタッフ呼んで!」
「わ、分かったとも! 先に向かってなさい、すぐに動けるスタッフを集めよう!」
「……俺が言うのも何だけど、野良に対して受け入れ過ぎじゃないか? この魔法局」
「君が魔法少女の味方なのは百も承知だよ! いいからその痛々しい足を何とかしなさい、いいね!」
まるで自分が受けた傷のように痛々しく顔を歪ませた局長が足早に去る、きっとすぐに医療スタッフを集めてくるのだろう。
背後から刺さるゴルドロスたちの視線もあり、治療を受けないという選択肢は取れない。 ここで一度お別れか。
「悪い、すぐに戻る。 そっちは任せたぞ」
「いいからさっさと医務室向かいますよ、その足では歩きにくいでしょう」
箒を支えにしたまま、医務室に向かおうとした俺の肩をラピリスが抱える。
「良いよそこまでしなくて、一人で歩ける」
「そんな足で何言ってるんですか、あなたはスタッフの方に引き継ぐまで目を離せないんですよ」
「いつもの事だが信用がないな……ゴルドロス、あとは頼んだ」
「あいヨー、あとでそっちに話も共有するヨ」
こちらに手を振るゴルドロスたちと別れ、ラピリスと共に医務室に向かう。
肩を貸してもらっている分、かなり歩きやすい。 一人じゃエレベーターに乗るのもしんどい作業だった。
「それにしても、よくその程度で済みましたね。 悪運が強いと言いますか何と言いますか」
「ああ、直撃してたらヤバかったな。 喰らう寸前に神経が逆立つような感覚が……」
「……魔力感知が苦手なあなたがですか? ゴルドロスの索敵範囲でギリギリ引っかかるような相手ですよ」
ラピリスが小首をかしげる。 彼女が言う通り、俺は魔力感知が苦手でほとんどハク任せにしている。
しかしあの瞬間に感じた気配は殺意や敵意とも違う、なんというか背中に当てられた力の流れを肌で感じたような感覚だった。
「これは……とうとう俺にも魔力的な感覚が備わって来たか?」
「一朝一夕で身につくものではありませんよ、ましてや急にゴルドロス並みの伸びを見せるなんてありえません」
「うーん、そうなると……まあ、運が良かったのか」
直前に気付かなければ、真っ二つになっていたのは羽箒ではなく俺の身体だったはずだ。
特に他に思い当たる節もないなら、ラピリスの言う通り悪運が強かっただけの話だろう。
――――――――…………
――――……
――…
「……まるで取り調べじゃな」
「隠し事がある方が悪いと思うヨ。 ここなら邪魔も入らない、ゆっくり話を聞かせてもらおうカナ」
魔法局の地下、倉庫代わりに使われていた狭い空き部屋には今、長テーブルとパイプ椅子が並べられて私と頑固おやじが対面している。
シルヴァたちは現場で確認された衝撃波の解析中、他に室内にいるのは局長だけだ。
「あのぅ……これ、私が必要なのかね?」
「一応はネ、立ち合い人&記録係は任せたヨー」
「この支部局長使いが荒くないかね? まあそれほど人手不足なのだが……」
文句は言いながらもペンとメモ帳の構えは忘れない、頼まれごとを断れない性質だ。
「それじゃ改めて聞かせてもらうヨ、ブルームが言っていたけど魔物に気に入られているってどういうことサ」
「……ふん、ワシも確証はない。 ただ、そう言われればそうなんじゃろうなというだけでな」
「もっと具体的に話してほしいカナ、その魔物ってのは誰?」
「―――“三度目”じゃ、ワシが姿を見たのは。 あの地獄の中に奴はいた」
三度目、忌々し気に吐き捨てたらその数字は頑固おやじにとって最悪の日を意味する言葉。
演奏につられて現れた魔物が街中にあふれた日、そして……大事な孫娘の命が散った日だ。
「その時の事は知ってるヨ、私も討伐に駆り出されたからネ」
「なら話は早いわい、あの日には相当な数の魔物が湧いて出たじゃろう」
「でもほとんどは魔法少女によって倒されたはずだヨ」
「ほとんどじゃろ? 逃した奴も生き延びた奴もいる、その中にあやつは潜んでいたんじゃ」
ギリリとこぶしを握り締める音が聞こえる、内に秘めた憎しみを絞り出すかのように。
枯れ枝のような老体の指は、己が握力だけでも折れてしまいそうなほどにか細い。
「……ワシは見た。 地獄のラッパが聞こえるあの惨状の中で、人を襲う訳でも逃げる訳でもなく、ただ遠目からこちらを見る異形の瞳を」
「その話は魔法局に――――」
……できるわけがない。 孫娘を殺された直後、冷静じゃいられないはずだ。
例え後になって気付いたとしても、行き場のない憎しみを叩きつけ、自分を実験に利用した相手に話せるわけがない。
「ふん、言っておくが今でも魔法局への恨みを忘れた訳ではない。 ただ、その上で優先することができただけじゃ」
チカチカと明滅する電灯に照らされた瞳には、強い光が宿っている。
「ワシはもう老い先長くない、じゃがくたばる前に―――自らの忌々しい異名の正体が魔物ならば、刺し違えても殺してやりたい」




