100億ドルの花束を ⑤
「……コルト、窓から腕を出すと危ないですよ。 何をやっているんですか?」
「ん、後ろ。 300mくらいカナ?」
窓から出していた腕を引っ込め、隣のサムライガールに後方の気配を示唆する。
薄っすらとだが嗅ぎ取れる魔力の気配はよく見知ったもの、おおかた心配でこちらの様子を見に来たのだろう。
「…………ブルームスターですね、情報が早い。 一体どこから私達の居場所を見つけて来たのやら」
「まあ余計な詮索は淑女の恥になるヨ、警備を手伝ってくれるなら嬉しい話じゃないカナ?」
「むぅ、それはそうですが……」
サムライガールの感知能力は私やシルヴァ―ガールより低いが、集中すれば見知った相手の追跡ぐらいは察知できる。
いまいち解せぬ表情を見せているのは情報の洩れ所が分からないからか、まさかついさっき自分の口から本人に話したなんて思いもしないはずだ。
「なんじゃ、そのブルームスターとやらは。 別の魔法少女がまた増えたのか」
すると、後方座席で杖を磨く雷親父が会話に口を挟んできた。
「ブルームスターは……魔法局と協力関係にある非公式の魔法少女です」
「ふん、こっちの魔法局は随分と人手不足じゃな」
「ブルームにもいろいろ事情があるんだヨ、それに他人の詮索ばかりしている余裕があるのカナ?」
「カァー! 小娘に言われずともわかっておるわい、あとどれほどで到着するんじゃ!」
「現在地からだと……あと20分ほどですね」
何も私達は高い税金を食いつぶして昼下がりのドライブを楽しんでいる訳ではない。
ナビゲーションに従って進む車の目的地はすでに決まっている、今回の目的は下見だ。
魔物を呼ぶ指揮棒が振るわれる、可哀想な会場をこの目で拝もうという訳だ。
――――――――…………
――――……
――…
「……あっ、ラピぴっぴにゴルぴっぴー! こっちこっち!」
「ラピぴっぴではありません。 お早い到着ですね、ボイジャー」
「まさか本人だけ到着して物資の搬入は忘れてないよネー?」
「モチ&ロン! 今魔力抜き中だからちょい待ってねー」
目的地に到着すると、正面入り口の前では大量の小型装置を並べたボイジャーが待っていた。
地面に並べられた装置は彼女の魔法のキモとなる収納器、中身は既に建物の中で展開されている事だろう。
「なんじゃ、まだ入れんのか」
「ごめんねー、おじじ。 うちの魔法はこういうとこ融通聞かなくてさー」
ボイジャーの魔法はあらゆるものを手のひらサイズの装置に収納・取り出しするもの。
ただし一連の操作を行う際に、内容物が魔力を帯びてしまうらしい。
少し時間を置けば自然に消えてしまうほど薄いものだが、それでも一般人への影響を考えるとこういった除染作業が必要だ。
「ツヴァイとシルヴァは中ですか? 設置に手間取るようなら手伝いますが……」
「いや、展開しただけであとはノータッチ! うちらじゃ専門的なものの扱いはよく分かんねからね!」
「当たり前じゃ馬鹿者、傷をつけたら弁償してもらうぞ」
そう、ボイジャーが旅客機に乗って連れて来たのはこの頑固おやじだけではない。
今回の演奏を行うために必要な楽器が大量に持ち込まれている、総額にすればそれこそあの旅客機を超える代物たちばかりだ。
「まーあと30分もすれば安全だからさ、ちょっとその辺でタピって待っててよ。 おじじも一緒にどう?」
「甘いもんは医者に止められとるでな、準備ができるまで車内で待っておるわい」
杖を突きながら頑固おやじが車へ戻って行く。 ……そういえば、以前にあった時はあんな杖を持っていただろうか?
それに昔の記憶よりも今回は怒鳴られる回数が少ない気がする、まあ小言が多いのは相変わらずのようだが。
「……ま、あとで聞けばいいネ。 2人とも、ちょっとこの場所任せていいカナ」
「む? 少しくらいなら問題ありませんが、どうかしたんですか?」
「ブルームと話をしてくるヨ、こっちの情報も共有していた方が何かと動きやすいだろうしサ」
――――――――…………
――――……
――…
「車止まってから動きがないな……あのドームが演奏会場か?」
《恐らくそうですかね……っと、ゴルドロスちゃんが手振ってますよ、呼んでるみたいです》
停車した車の様子を上空から窺うこと数分、ラピリス達から距離を取ったゴルドロスがこちらに向かって手を振っていた。
ハクの言う通り、こちらに呼びかけるような動きに羽箒の高度を降ろす。 何か用事だろうか。
「ゴルドロス、なんかトラブルか?」
「Hayブルーム、嬉しいことに今の所トラブルはないヨ。 ちょっと情報共有しておきたくてさ」
「そりゃ助かる。 ああ、それとこれ渡しておくよ」
地上に降り立ち、駆け寄ってきたゴルドロスにポケットから取り出したものを渡す。
ジャラジャラとかさばるそれらは低純度の魔石たちだ。
「What? リソースの補充は助かるけど、どうしたのこれ?」
「道中襲ってきた奴らだ、小粒ばかりだけどたぶん爺さんを狙ってたよ」
「ヘェア!? 全然気づかなかったケド!?」
「そりゃそうだ、お前の嗅覚でも見つけるには小物すぎる」
車の追跡中、俺たちが出会ったのは小鳥やこぶし大の虫サイズの魔物ばかりだ。
ハクが教えてくれなきゃ俺もギリギリまで接近に気づかなかった雑魚ばかり、余計な魔力の消費も無く拳や蹴りですぐに魔石へと還った。
「ただ、どいつもこいつも車を狙っていたように思える。 爺さんは無事か?」
「ブルームのおかげでネ、今の所はだれも異常があったことにすら気づいてないヨ」
「そうか、そりゃよかった。 やっぱりその演奏会ってのは中止にできないのか?」
旅客機や道中の事を思うと、これから何のトラブルも迎えずにイベントが片付くとは思えない。
大きな事故や取り返しの出来ない事態が起こる前に中止にすべきだ。
「本人がそれを望まないヨ、魔法局が止めても無理矢理押し通しかねない。 それならいっそこっちでコントロールした方がいいんだよネ」
「なるほどな……ゴルドロス、その魔物を呼ぶ演奏って何度開催された?」
「私が知る限りだと3回カナ? 不運な事故として処理された1回目、大きな噂を呼んだ2回目、“実験”として開かれた3回目」
指折り数え、ゴルドロスが過去の記憶を思い返す。
……親指、人差し指、中指とカウントした指を折っていく中、2回目と3回目の間に一瞬だが躊躇したように指の動きが止まったように見えた。
「――――孫娘が死んだってのはどれだ?」
「あー……そっか、サムライガールはそのあたりまで話したんだネ。 うーん……」
ゴルドロスが軽く周囲に視線を配る、どうやら人に聞かれたくない話らしい。
察した俺は二人乗りに耐えられる大きさの羽を袖の内から引き抜き、箒へと変える。
「少なくとも空なら人の耳は避けられるだろ、詳しく聞かせてくれ」
「ソダネ、ブルームは知っていた方がいいよネ……分かった、それじゃちょっと2人きりでデートしようカナ?」




