100億ドルの花束を ②
「さて、まず聞きますが遺言はありますか、マスター?」
「初っ端から遺言聞くぅ?」
飛行機墜落事件を片付けて店に戻った途端、実体化したハクがどこからか取り出したハリセンを構えて仁王立ちする。
対して俺は店の床に正座させられた状態だ、どうしてこうなったんだ?
「マスターが! また無茶をしたから! 私がこうやって怒っているんですっ!!」
「その件については……いてっ! 誠に申し訳なく……いでっ! 思って……待て、いちいちハリセンを振り下ろすのやめろ!」
「ふふふ、この実体化には感謝してますよ……こうしてマスターを直に引っ叩けるんですからね……!」
ハリセンを振り下ろすハクの顔には嗜虐的な影が差していた、厄介な事を覚えてくれたなコンチクショウ。
「あの状況じゃ仕方なかった、それに代償を使ったのは一瞬だけだ! 誤差だよ誤差!」
「そんなのただの憶測でしょーが! それにねえ、しょうがないとはいえ無茶をするなら私にも相談してくださいよ、こっちの心臓が持ちません!」
「だってお前に話したら却下するだろ!」
「…………時と場合によります!」
「今の間はなんだ!」
ぶつくさと口籠るハクの姿を見るに、話さなかったのは正解か。
あの修羅場で口げんかになれば致命的だ、一瞬の迷いで殺されていたのは自分だったかもしれない。
「まあ何とか生きて帰って来たんだ、それでいいだろ」
「良くはないのでローを蹴らせてください」
「なんでどいつもこいつも人の足を執拗に潰すんだ……!」
――――――――…………
――――……
――…
《……あるぇ?》
次の日の朝、痛む足をさすりながら階段を降りていると、スマホの中のハクが疑問を含んだ声を漏らした。
「どうした、鳩がマシンガン喰らったような声出して」
《随分のんきしてる鳩ですね、それよりこれ見てくださいよ》
スマホの画面を確認すると、画面の中のハクは1枚のアプリを抱えていた。
それは魔法少女事変で世話になった、あの赤いアプリだ。
問題は、今までは暗く変色していたアプリは今ではくっきりと明るく赤い色を示している。
「…………どういうことだ、これ?」
《たぶん、使用可能って事じゃないですか? 東京の時と同じですし……》
確かに前回東京で変身した際には、アプリは同じような発色を示していたと思う。
もし今ラピリスを呼び、このアプリをタップしたなら、同じように赤い姿へ変身できる可能性はある。
だが解せない、なんで今さらこのタイミングで変身できるようになったんだ?
「前は随分と追い詰められるまでうんともすんとも言わなかったよな、壊れてるんじゃないか?」
《まっさかー! けど妙ですよね、前回変身した時の条件は確か……》
「ラピリスの存在と―――大量の魔力、か?」
東京では、花子ちゃんが回収してくれた巨大な魔石を使い、変身に十分な魔力を補充できた。
だが、あれだけの質の魔石はそう簡単に用意できるはずがないし覚えもない。
《でも魔石自体は取り込みましたよね、グレムリンの魔石をたくさん》
「戦いながら傷を癒すためにそれなりの量をな、それでも全部合わせたところで全然足りないだろ?」
旅客機の上で倒した小鬼たちは、皆コイン大の魔石を残して消滅していった。
落下したものも含め、そのほとんどは散財したゴルドロスが回収していったが、1割ほどは俺が自分のために消費してしまったものだ。
数は多くても質は以前のケースに比べて遠く及ばない、赤いアプリが起動する条件にしては安すぎる。
「というか、お前は何か分からないのか? アプリの管理はハクの領分だろ」
《もちろん、初めに作った変身アプリと必殺技アプリは私が魔法のシークエンスをマスターでも扱えるように半自動化したものです。 けど……その後の黒い奴や赤い奴も詳しくは分からないんですよね》
アプリを抱えた腕を降ろし、しょんぼりした様子を見せるハク。 少し意地の悪い質問だったか。
黒も今ではハクのタイマーで辛うじて制御出来ているが、結局発生原因が分からない問題児だった。
赤も……今の所“存在が焼却される”などのデメリットはないが、発動条件がいまいちあやふやで別ベクトルの問題児と言える。
《それでも……うーん、確証はないんですけど……》
「なんだ、何か心当たりがあったか?」
《繰り返しますが確証はないですよ? もしかしたらただ単純に発動条件が緩くなっているだけかもしれません》
「ゆるくって……必要な魔力量が減ったって事か?」
ハクが頷く、確かにそれなら一応筋は通るかもしれない。
2つのケースに置いて異なるのは魔石の質だけだ、魔力を注いだという過程は変わらない。
《どうします? あとでラピリスちゃん達を呼んで試してみてもいいかと思いますが》
「あー……今日の所は止めておこう、顔を合わせるのが気まずい」
《まあそうでしょうね、マスターが墜落の責任をおっ被ろうとした件は向こうも把握しているはずですから》
ハクの追及する視線から逃れる様に、テーブルスペースのTVを点ける。
しかし、そこではちょうどニュースキャスターが昨日の墜落事件について熱弁を振るっている最中だった。
《問題を後回しにすると余計に怒らせるだけですよ、謝るなら早めがいいと進言しておきます》
「ま、前向きに検討するよ……」
点けたばかりの気まずいテレビを消し、朝の仕込みを始めるために厨房に立つ。
いつものルーティンで包丁を捌きながら、考えてしまうのは赤いアプリについてばかりだ。
仮にハクの言う通り、使用可能になる条件が緩和したとしよう。 だが何故だ?
何も特別な事はしていない、ただ同じように魔石を投入し、気づいたらまたアプリが点灯していただけだ。
……解せない、喜ばしいことのはずだ。 結局その日はずっと納得できない感情が胸の奥に引っかかっていた。




