100億ドルの花束を ①
「やー、おじじごめーん! 荷物の運搬に時間かかっちゃってさー!」
「ふん、おっそいわ! まったく近頃の若い魔法少女は……」
「ごめんって言ったのに激おこじゃーん……」
空になったスイッチをいじくりながら集合場所に戻ると、屈強なSPたちに囲まれたお爺ちゃんが鼻を鳴らす。
背骨を丸め、寄りかかった杖をトントン指で叩くさまは神経質に見える。
かつては金色だったであろう頭髪は、今は色素と輝きを失ってクシャクシャの白髪だ。
「まあ良いわ、無駄に時間を使った。 護衛の仕事は続行じゃ、昼飯もわしが出すからついてこい」
「マ!? 太っ腹じゃんおじじ!」
「お前を雇うのにいくら積んだと思っておる、この程度今さら誤差じゃ誤差!」
杖をカツカツ鳴らしながら、SPを引き連れたおじいちゃんが我が道を行く。
引き留める職員や医療スタッフの声も何のそのだ、彼らとしてもお爺ちゃんの勝手な行動はなんとしても止めたいだろう。
世界的に有名なマエストロの身に何かあれば、国際問題にすらなりかねないのだから。
――――――――…………
――――……
――…
「ジョージ・ハルバートン? ええ、知っていますよ。 確か世界的な有名なマエストロで……」
「正確には指揮者だネ、アメリカじゃ要人警護で何度かあったことがあるんだヨ」
旅客機墜落事件から次の日、魔法局に集まってみると新聞を開いたコルトが苦い顔で話題を切り出した。
テーブルに広げられた見出しには旅客機墜落事件についての記事、そして話題の人物であるジョージ・ハルバートンの顔写真が張り付けられていた。
「むぅ、その人物なら私も耳に聞いた事がある。 確か不穏な二つ名が……」
「―――魔を呼ぶ旋律、彼がタクトを振るう演奏の近くでは何故か魔物の発生率が高くなる、と」
アメリカでの彼の逸話はニュースで聞いた事がある。
ある時期から彼がオーケストラの指揮を振るうと、必ず近くで魔物が発生する。
1度や2度なら偶然で済む話だが、その頻度はほぼ100%。 そのため現在では一線を退いて後進の育成に注力しているという。
「……でもなんでそんな人がこのタイミングで日本に?」
「あー……たぶん、あれだネ。 あの人の孫が命……」
「―――ふん、何じゃなんじゃ。 こんなところで見知った顔にあったわい」
「おっひゃぁ!!?」
新品のソファに横たわっていたコルトが、ばね仕掛けの玩具の如く飛び起きる。
彼女の背後から聞こえた不機嫌な声の主は、周囲を黒服のSPに囲まれたご老人だった。
しわがれた中でもよく分かる彫りの深さからして外人だろうか、魔法局内に踏み込めるあたりただものではなさそうだが何者だ?
「うぇーい、昨日ぶりー! おっひさー、ゴルぴっぴにラピぴっぴ!」
「へぁっ!? ボイジャー!? なんで雷親父と一緒にいるんだヨ!?」
「なんじゃ、来て悪いか! ふん、ジャパンの魔法局とやらは客に茶も出さぬのか!」
「す、すぐにお出ししますとも! ゴルドロスクン、そこの棚のお茶菓子取って!」
「あ、アイアイサー!」
黒服の後ろからひょっこり顔を覗かせたのは、昨日も活躍した魔法少女ボイジャーだ。
それにコルトのこの反応、まさかこのご老人が……
「ジョージ・ハルバートン、さっきまで話していた渦中の人だヨ……!」
こそこそと話しながらも局長との見事な連携で紅茶の準備を整えるコルト。
彼女がここまで機敏に誰かをもてなす支度を進めるとは、このご老人が随分恐ろしいと見える。
「えっと……お初にお目にかかります、ジョージ・ハルバートンさん。 私は……」
「ふん、名乗らずとも良いわ。 ワシは魔法少女が嫌いじゃからな!」
「気にしなくていいヨ、サムライガール。 見ての通りの偏屈爺さんだからサ」
「なんか言ったかのぉ散財娘、ところでお主がうちの楽団に与えた損害額じゃが……」
「さ、特注のダージリンが出来上がったから飲むが良いヨ!!」
毎回思うがコルトはアメリカで一体何をどれほどやらかして帰って来たのだろうか。
「……それで、ジョージ・ハルバートン殿。 本日は何用でこの魔法局に?」
「かしこまらずとも良いわ、局長ともあろうものがそう簡単にへりくだるな」
「は、はぁ……」
局長もご老人の貫禄に気圧されてタジタジといった様子だ、かく言う私もその後ろで見ている事しかできないが。
ボイジャーはというと、いつの間にかご老人の隣に座って提供された紅茶を飲み干していた。 自由過ぎる。
「んっとねー、おじじが魔法少女に護衛頼みたいんだって。 私含めて出来るだけたくさん」
「余計な事を言うでないわジャリ娘が。 ……しかしまあ、そういう事じゃ。 癪じゃが魔法少女に頼まねばならぬ」
「護衛……それもたくさんとは、理由を窺ってもよろしいですか?」
魔法少女、それも多人数を私用で雇用したいとはただ事ではない。
それも護衛と言うことは、この方は誰かに命を狙われているのだろうか?
「―――わしはな、演奏がしたいんじゃ。 もう一度な」
「演奏……ですか」
「ああ、一度だけでいい。 ワシの孫娘の命日に捧げる音楽をな」
 




