拝啓、彼方より ⑩
空中に投げ出された体がゆっくりとその速度を落として行く。
水中にいるかのような減速、しかし身体は再浮上することも無く重力に従って地表へと降りる。
「シルヴァのお蔭だな……助かった」
《そうですねー、周りのお客様は気が気でないとは思いますが》
安全な速度で落ちているとはいえ、生身の身体でこの高度は肝が冷える。
破壊された旅客機から投げ出された乗客の顔は真っ青、高所が苦手な一部の客は気絶すらしている。
『気の毒だが仕方ない、シルヴァの構築は見事だが旅客機の重量を受け止めるにはいささか不安が残った』
「ソダネー、安全を期すならこの方法で問題なかったと思うヨ」
「あーしも容量ギリギリのミリっすわ……さげぽよみが深い……」
旅客機を破壊し、空中に投げ出された乗客たちだけをキャッチする。 墜落の直前で提案したのはボイジャーだった。
彼女の魔法は魔石を加工して作った自作の媒体に物品を収納・展開するというもの、これにより破壊された旅客機の破片を大部分収納して見せた。
「お疲れさん、細かい破片はこっちで蹴散らしておくよ」
「何言ってんのサ、ブルームもボロボロだし休んだ方がいいヨ」
「このまま一緒に降りた方が色々不味いだろ、一足先におさらばするさ」
羽箒を展開し、ボイジャーが回収しきれなかった破片を蹴飛ばしながら粘度の高い空気の中を泳ぐ。
魔力の残量は心もとないが、飛行する分にはまだ持つはずだ。
「あれ、ブルぴもう帰るん? てかズタボロじゃん! だいじょぶなん!?」
「ツバつけときゃ治るよ、問題ない。 今日は助かったよ、ボイジャー」
彼女の魔法がなければ着地はシルヴァ頼りのイチかバチかしかなった、被害だってもっと増えていたかもしれない。
魔物に襲われながらも乗客が全員無事で済んだのもボイジャーが守っていたからだ。 あの限界を超えた機体の中、たった一人で。
「うぇーい! 困った時はまた呼んでね、うちらもう友達だかんね!」
「ははっ、その時は頼りにさせてもらうよ」
手を振るボイジャーを背に空港を後にする、シルヴァが展開した魔法陣を離れると一気に温い空気が肌を舐める。
急な大気の変化に小鬼との戦闘で受けた傷が痛むが、今声を漏らしてゴルドロスたちに心配をかけても面倒だ。
《我慢は体に良くないですよ、今回の戦闘で拾った魔石があるでしょ。 回復しますよ》
「あ、ああ……それと、帰り道でも回収していくか」
小鬼たちから回収した魔石をジャラジャラとスマホに放り込むと、多少傷の痛みが収まって来た。
ちらっと見えたラピリスからの鬼電は無視しよう、未読メッセージもポンポン増えているが返事を返すのは後だ。
《それにしても手強い相手でしたね、もう少し戦闘が長引けばどうなっていたか……》
「やられていたのはこっちだろうな、運が良かったよ」
奥の手の黒衣を使ってギリギリの戦闘、これまでとは段違いに厄介な魔物だった。
魔石の量も奴らの強さをものがっている、増殖型の魔物は魔石も粒が小さく、質も悪いが今回は出来が違う。
「……これからは、あのレベルがわんさか湧いて出るってのかよ」
《…………考えたくはないですね》
自然と会話が途切れ、帰路につくまでの間はそれ以上ハクと交わす言葉はなくなってしまった。
――――――――…………
――――……
――…
「…………出ませんね、気づいていないはずがないですし明らかに無視しています」
「ラピリス……怖い……」
「目を合わせちゃ駄目だヨ、シルヴァーガール。 ああなったサムライガールは怖いからネ」
「適切な言葉を選択するならば、ヤンデレ」
「園、地雷原でタップダンスなんてオシャレな趣味してますわね」
旅客機墜落から乗客の無事を確認したあと、まずサムライガールはさっさとエスケープしてしまったブルームに大いに怒った。
1秒間16連打で繰り出されるショートメッセージと通話の嵐、次にブルームと出会った時は修羅が降りる事だろう。
まあ、ろくな治療も受けないまま消えてしまった彼女に対して文句を言いたい気持ちは分からないでもないが……
「……こんな状況だと立ち去ったのは間違いじゃなかったカナ?」
「―――――ごらんください! 現場では無惨にも破壊された旅客機の破片が散乱しております、ただいま保護された乗客の安否確認が続いており……」
どこから嗅ぎつけたマスコミと野次馬たちが立ち入り禁止区域の外に群がり、事故の様相を熱く実況している。
これから乗客たちへのインタビューが始まれば、スクープが欲しい記者たちは満面の笑みを浮かべるはずだ。
「ブルームスターがいないと困るんですよ……このままじゃ殆どの責任が彼女に押し付けられるじゃないですか!」
……あの極限状態で仕方ないとはいえ、ボロボロの旅客機を破壊したのは魔法少女だ。
奇跡の全員生還を果たしたとはいえ、何らかの特ダネを求めるマスコミたちにはこの乱暴な救助活動は格好のネタだろう。
そして火のない所に煙は立てる場合、公式の魔法少女よりも「野良が勝手にやったこと」にした方が大変盛り上がる。
「……やるせないけどネ、本人がいた場合でも結局同じ事だったと思うヨ。 あいつは最初から火の粉を全部被るつもりだったからサ」
「魔女騒動もまだ収まっていないご時世、多少なりとも不祥事が起きれば魔法局の立場が悪くなることは歴然」
「ここまで読んでいたのなら見事ですわね、一言文句は言いたいところですけど」
懸念していたはずだ、だからこそさっさと飛び去ったのだから。
おそらく帰ったころにはお供の子にたっぷり絞られているだろうけど、今度店に顔を出した時には私も執拗なローキックをかましてやろう。
「えー、ただいま情報が入ってまいりました! なんと、魔法局の賢明な救助活動に割り込んだ非公式の魔法少女がいると……」
「軽くちょっかいかけてきていいですか? カメラには映らないので」
「駄目ですわ駄目ですわ! ちょっとこの人押さえてくださいませんこと!?」
「私のフィジカルで勝てる可能性は0にほぼ等しい、お姉の応援に徹する」
騒がしい後ろを無視し、一応シルヴァーガールと共に乗客のリストを確認する。
死者はいないが魔物に襲われた負傷者はそれなりにいる。 怪我の状態は名前と共にタグ分けされているため、度合いが酷い場合はシルヴァーガールの応急手当も必要になるが……
「機長以外には特に急を要する乗客はおらぬようだな、安心し……ゴルドロスよ、その顔はどうした?」
「…………いや、アメリカ時代の知り合いがちょっと乗っていたような気がしてネ」
見間違いかと思って今一度目を通すが、乗っている名前に間違いはない。
それはアメリカへの出張中、嫌でも顔を覚えてしまった人物の名だ。
「うへぇ、なんでこっち来てるんだヨ……雷おやじ!」




