拝啓、彼方より ⑨
「おいおい、地表が見えて来たぞ……ゴルドロスたちは大丈夫か?」
《今ツヴァイちゃんと交信中です……あ、駄目ですね墜落は不可避だそうです》
「クソッ、こっちはもう限界だぞ!」
魔力は既に空っけつ、羽のストックはまだあるが乗客を抱えて飛ぶほどの馬力や猶予はない。
例えこのまま墜落しても魔法少女は死なない、だが乗客は違う。
地上の避難は済んでいるのか? 真っ直ぐ空港に落ちたとしても周囲への被害は免れない。
「――――ブルーム! ちょっと顔貸してほしいヨ!」
「ゴルd……お前どこから顔出してやがる!?」
旅客機の天井を突き破って現れたのはゴルドロスの顔だった。
今まで必死こいて機体に損傷が増えないよう立ち回っていたってのにこいつは……
「ゴルぴ、その子がさっき言ってた友達? ってかボロボロじゃん、ぴえん!」
「うわっ、増えた!!」
ゴルドロスの隣からもう一人、宇宙服に取り付けるようなヘルメットを被ったなにかが頭を突き出す。
奇天烈な見た目だがこの子が旅客機の護衛についていた魔法少女か、無事で何よりだが喜んでいる暇もない。
「ゴルドロス、何か策があるのか!?」
「今から乗客全員投げ捨てるヨ!!」
「そうか、何言ってんだお前馬鹿!!」
「いいから聞いてヨ! ボイジャーの魔法は――――……」
――――――――…………
――――……
――…
「お待ちを、ここの一文は戯れば~~の方が響きが良いのでは?」
「いや、この一文は韻を踏んで全体の構成を……」
「どうでも……良くないでしょうが、そろそろ時間がありませんよお二人とも!!」
ツヴァイが導き出した予測墜落地点……空港の滑走路には巨大な魔法陣が描かれている。
全てシルヴァが自身の杖ひとつで書き上げたものだ、しかし今はその最終調整に手間取っている。
「シルヴァ、あとどれほどかかりますか!?」
「い、急いで仕上げる……が、しかし……旅客機を受け止めるようなものなど何を書けば……?」
「いけませんわ、スランプに陥っていますの!」
術式の出力はシルヴァの筆のノリにかかっている、彼女の執筆が止まってしまえばそれまでだ。
しかし旅客機は既に目視可能な距離まで迫っている、悠長に文章を推敲しているような余裕はない。
「……あ、お待ちなさって。 園から連絡ですわ、もしもーし! ……はい、ええこちらも……え゛っ?」
「ツヴァイ、妹君からはなんと?」
「…………あー、シルヴァ。 乗客だけを受け止める場合、この魔法陣はどれほどで出来上がりますの?」
「う、うむ? それなら細部を弄って……20秒ほどで」
「ではそれで書き上げてくださいまし、機体の方々は園たちが何とかするようなので……」
何とかする、とは言うが姉の表情はとても妹の提案を信じているような顔つきではない。
苦虫を百匹噛みつぶしたような、これから起きる出来事を察してしまったような……
「あの、ツヴァイ? 妹さんはなんと言って……」
「シルヴァ、術式を編んだら我々は即刻退避しますわよ! 安全圏から万が一に備えて待機!」
「わ、分かった! ラピリス、頼む!」
「はいはい、しっかり掴まってください!」
シルヴァが素早く魔法陣を書き上げたのを確認し、2人を抱えてすぐにその場を離れる。
すぐそこまで迫る旅客機の機体は既に崩壊寸前、安全な着陸は事前情報通り不可能だ。
『お姉、そちらの手筈は?』
「仔細なく! 園の方こそ大丈夫ですの!?」
『了解、そちらの問題がなければ―――――自壊する』
次の瞬間、雷のような音を立てて旅客機が半ばから真っ二つにへし折れた。
その崩壊を皮切りに、地面に到達することも無く自壊し続ける旅客機。 それはあっという間に30を超える大きな破片となって地表へと降り注ぐ。
「ん、な……」
絶句、何か策があったようだが失敗してしまったのだろうか。
無防備なまま墜落する乗客の末路が脳裏をよぎり、血の気が引く。
「つ、ツヴァイ! これは……」
「まだですわ、あの旅客機にはボイジャーが乗っていますのよ!」
この惨状を前にしてもツヴァイはなお諦めてはいない、祈るような視線で崩壊する旅客機を見上げている。
そう、崩壊する旅客機をいつまでも……いつまでも……旅客機が、落ちてこない?
「――――――ぴえええええええええええん!!!!」
ゴルドロスのものでもない、ましてやブルームスターのものでもない、気の抜けた悲鳴が空から聞こえてくる。
それは宇宙服を着こんだ魔法少女、だろうか? ボイジャーと呼ばれた魔法少女その人だと思われる。
旅客機から放り出されて自然落下を続ける彼女を中心に、次々と機体の破片が消失していく。
そうだ。 破片は問題なく落下しているが、地表に到達する前にすべて消えているのだ。
「シルヴァー!! ラピリース!! 着地頼んだァー!!!」
「盟友!? わ、分かった、任せろ!」
みるみる消えていく旅客機の破片の後に残るのは、宙に放り投げられた乗客たちと細かい破片を吹き飛ばすブルームスターたちの姿だった。
慌ててすでに書き上げた魔法陣をシルヴァが起動すると、その効力は問題なく発揮されたようだ。
陽炎のように揺らめき、粘度が増した空気にゆっくりと包み込まれ、全ての乗客たちは安全な速度で地面に着地したのだった。




