拝啓、彼方より ④
「―――――ゴルドロス! こっちであってるのか!?」
「間違ってないヨ! このまま真っ直ぐ!」
ゴルドロスを乗せたまま飛ぶ空は暗雲が立ち込めていた。
全速力で空港に向かい、箒を飛ばすが落ちてくるという旅客機の姿は一向に見えない。
『……救難信号の反応には確実に近づいている、進路に間違いはない』
「そうは言っても何も見えないぞ!?」
端末越しに聞こえてくるのはツヴァイの片割れ、妹の声だ。
USB越しに電子機器へ自身の意識を憑依させる彼女の魔法、機器の力を上乗せした演算能力には目を見張るものがある。
その彼女が間違いないと言っているが、遮るもののない空の下には落下中の旅客機なんてどこにも見えない。
『雲の上……? いいや、予測が間違いなければ現在高度は……ならば、意識を外に……』
「とにかく異常なんだネ!? 考えまとまったら教えてヨ!」
『――――求む、広範囲への火力支援』
「ゴルドロス、任せた!」
「Hey! それじゃ量は……これくらいカナ!!」
ゴルドロスがぬいぐるみに両手を突っ込むと、その掌には一杯手榴弾を抱えられていた。
ご丁寧に全てピンが抜かれて爆発寸前の状態であるそれらは、迷いもなく空中に向かって放り投げられた。
「おい! 地上への被害は大丈夫なのか!?」
「爆風だけのオプション付き、地表に落ちる破片は0だヨ!!」
2秒ほどの空白、そして連鎖的に爆発する手榴弾の嵐が耳を劈いた。
「っ~~~~……!! なにか変化は!?」
『素晴らしい、結果は効果的。 敵のチャフを剥がした』
ゴルドロスの宣言通り、破片一つ零さない爆炎が晴れた先には先程とはまるで違う景色が広がっていた。
調子の悪いテレビ画面のようなノイズが視界一杯に広がり、今までそこになかったはずの旅客機がくっきりと現れた。
エンジンからは黒煙を噴き上げ、危険な角度で高度を下げ続けているそれは辛うじて滑空状態を保っているだけの……ほとんど墜落と呼べる状態だ。
『予想は的中、通信状況がわずかに回復。 視覚および電波を遮断するような効果があったと思われる』
「魔物の仕業か!? ここからどうすればいい!!」
『我々の仕事は地上部隊の負担を少しでも減らすこと――――まずは周囲の邪魔ものを排除する』
「ブルーム、あれ見てヨ!!」
ゴルドロスが指し示した先、煙を上げる旅客機の周囲をよく見ると人型のシルエットがまばらに見える。
まさか外に投げ出された乗員か? いや、違う。 人間にしては背丈が小さい。
頭部には角が一対、ゾウのような耳をピンと張り、ギラギラと輝く瞳のサイズは人間の倍ほどある。
“小鬼”と形容されるような魔物たちが、数えきれないほどの数となって旅客機の周りに張り付いていた。
「群れるタイプの魔物か、厄介だな……」
『ゴブリン……いや、グレムリンと呼ぶべきか。 墜落の原因は間違いなくあれ』
「「「「ギギギギギギギィ!!!」」」
目くらましを剥がされたのが相当癇に障ったのか、小鬼たちはいっせいに俺たちへ向けて敵意をむき出しにする。
数が多い魔物と戦った経験は少なくないが、今回は状況も相まってより厄介な相手となる。
「ゴルドロス、旅客機には当てるなよ」
「分かってるサ、オプションマシマシ出血大サービスで行くヨ!」
憎悪を隠さず飛んでくる小鬼の群れに対し、羽箒の穂がズンと重くなる。 同時に耳をくすぐるのは複数の金属がこすれ合うこそばゆい音。
……今さらながらこの配置は間違えたかもしれない。 操作に集中すると耳を塞ぐことも出来ないのだから。
『ノイズキャンセリング同期完了、いつでもどうぞ』
「あの、そういうのこっちには……」
『ない、グッドラック』
「ヒャッハア!!! いっくヨー!!」
遠慮容赦なく放たれる轟音が鼓膜を貫いた。
向かって来る小鬼の群れは目をつぶっても当たる絶好の的だ、しかし百発百中とはいかないはず。
逸れた弾丸がもし旅客機に命中すればどうなるか―――――答えは着弾した弾丸から放出される白い塊が教えてくれる。
「ギグゥイ!!?」
「トリモチ弾だヨ、馬鹿正直に突っ込んでくれて助かるネ!」
弾丸の口径を無視した質量で放たれるトリモチは、もがく小鬼を見事に絡めとってその動きを封じる。
加えて暴れれば暴れるほど、被害は近くの同族たちへと伝播していく。 1マガジン撃ち切ればトリモチに捕まった魔物の塊がいくつも出来ていた。
「Hey、あとはブルームの仕事だヨ! 焼き切って!」
「なるほどな、助かる!」
≪――――BURNING STAKE!!≫
羽箒を加速させ、炎を纏ったまま貫けば、トリモチの塊は一瞬の炎上ののちに消し炭と化す。
燃えカスの中に残っているのは魔物の残骸である魔石だけだ。
「わっはー! ブルーム、回収回収!」
『地上への落下物は出来るだけ避けたい、私も回収を推奨する』
「こりゃ入れ食いだな、この調子でどんどん倒していくぞ!」
倒した後の残骸を可能な限り回収しながら、トリモチ塊の焼却を続けていく。
旅客機はなおも下降を続けているが、このペースで倒して行けば殲滅には時間がかからないはずだ。
……順調だ、あまりにも順調すぎる。 それは悪いことではないのだが、なぜか心に突っかかりを覚えるのは何故だろうか。
“――――――これからどんどん強い魔物が現れる、そしてこの世界も終わりに向かっていくんだ”
…………あいつの言葉が、脳裏をよぎった。




