拝啓、彼方より ③
「むぅ……どうしたのですかね、箒は」
「んー、どうせいつもの事だヨ。 オレンジジュース貰っていい?」
「勝手に人の家の冷蔵庫開けないでもらえます?」
「いやー、でもこういう業務用冷蔵庫ってワクワクしないカナ?」
厨房の冷蔵を勝手に開き、中からジュース瓶を取り出したコルトが悪びれもせずに舌を出して笑う。
調子のいいことばかり言って、まあお金は後できっちり請求するから今のところは見逃そう。
「ちょっと分かる気がする……」
「分からないでくださいよ……む? 魔法局からの着信です」
「おっと、魔法少女に休みはないネ。 今度は何があったカナ?」
震えた携帯の画面には魔法局からの通知を知らせるメッセージが表示されていた。
それもこの電話番号はかなり緊急性が高い、何せ局長から直接かかってきているのだから。
「はい、こちら魔法少女ラピ……局長、落ち着いて下さい。 まくし立てても状況が分かりません」
『くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」!!!』
「こっちまで聞こえてくる……」
「こりゃただ事じゃなさそうだネ、準備するよビブリオガール」
電話口からの狼狽ぶりに事の深刻さを把握したのか、コルトが飲みかけのオレンジジュースを自らのぬいぐるみへ収納する。
……栓はしていないが中で零れないのだろうか。
「はい、はい……はい? 空港が? 飛行機? 何を言って……え゛っ」
「あ、葵ちゃん……なんて言ってたの?」
「……非常事態です、2人ともすぐに魔法局へ戻りますよ!」
――――――――…………
――――……
――…
《おや、マスター。 今度はコルトちゃんからの着信ですよ、モテモテですね》
「何がだ。 さっきの今で通話ってことは緊急か? 繋げてくれ」
ドクターとの通話を終え、混乱する頭を沈めていると今度は別の厄介ごとが舞い込んできたらしい。
ハクが通話を受けた携帯を耳に当てると、かなり慌てた様子のコルトが一方的に話し始める。
『箒、大変だヨ! 大変が大変でブラボーにヤバいヨ!!』
「落ち着けコルト、べらぼうにヤバいんだな? 何があった」
『……空港だヨ』
「空港?」
『空港に旅客機が落ちてくるんだヨ。 多分自力の復帰は無理、数百人の乗客を乗せたままの鉄の塊がそのまま落ちてくる』
「…………は?」
――――――――…………
――――……
――…
「――――東北は魔境……?」
「出張当日にとんだ大事件が起きたものですわね、局長さんは!?」
「今泡吹いてぶっ倒れてるヨ!」
「叩き起こしなさいですわー!!」
未だ復旧が続く魔法局の一室、壁に厚紙で「緊急会議室」と書かれたプレートが張り付けられた部屋は阿鼻叫喚の有様だった。
忙しなく動き続ける数名のスタッフ、床に泡を吹いたまま倒れた局長。 そしてこの状況で未だ手をこまねいている魔法少女たち。
野良の俺から見ても統率が取れているとは言えない、音頭を取る人間がいないとこうも混乱を極めるものか。
「ゴルドロス、ツヴァイ! 状況は!?」
「ブルーム! やっときたネ、かなりヤバいヨ!」
「飛行中の旅客機が魔物と遭遇、護衛の魔法少女が応戦するが連絡途絶。 30分後に通信が復帰するが救難信号を繰り返すばかりで乗員の状況不明」
「しかし本機の反応は真っ直ぐにこの地へ近づきつつありますわ、このままでは空港に直撃……」
ノートパソコンに入力を続けるツヴァイたちが交互に説明を述べる。
彼女達の背面にあるホワイトボード、そこに張られた地図上の赤線は旅客機の軌道を辿ったものだろうか。
途中までフラフラと揺らめいているその線はある時刻から真っ直ぐにこの東北へ向かい始めている。
「……ラピリスとシルヴァは?」
「ラピリスにはその速度を生かし、墜落予測地点への先回りを頼んだ。 シルヴァが詩を編む時間が長いほど作戦の成功率は高い」
「我々も合流しますわ。 ブルーム、あなたの箒には何人乗れますの!?」
「速度を維持するなら同乗は1人が限界だ、ゴルドロス!」
「ふぇっ、私カナ!?」
旅客機の状況は分からないが、墜落しているなら時間がないことは確かだ。
その中で俺が求められているのは対空戦力、旅客機に取り付いている魔物を打ち払って墜落から回復させることになる。
なら射程と手数のあるゴルドロスを連れて行くのが望ましい、射程の短いラピリスや地上で仕事のあるシルヴァは駄目だ。
「最良、我々も同じ提案。 あなたたちは旅客機の現状を確認し、あわよくば飛行状況の復帰を頼みたい」
「ドレッドに連絡が付きましたわ、我々も彼女の到着次第現地に合流しますわよ!」
「頼んだ! ゴルドロス、行くぞ!」
「ま、待ってヨー! 貯金もまだまだ回復してないんだからあまり頼りにされても困るからネ!?」
「大丈夫だ、お前なら背中を預けられる!」
「……そういうの真面目な顔して言うのずるくないカナ!?」
会議室の窓を乱暴に開き、羽箒を生成する。
ゴルドロスを連れて飛ぼうとしたその時、ツヴァイたちから何かを投げ渡された。
「ブルーム、園の端末を渡しておきますわ! 何かあったらそれですぐに連絡を!」
「ああ分かった、地上の方も任せたぞ!」
受け取ったカメラのような機械を後部のゴルドロスに預け、箒の浮力を吹かす。
燃費も気にしている余裕がない、出せるだけの速度を絞り出して俺たちは真っ直ぐに落下予測地点である空港へと向かった。




