拝啓、彼方より ①
「……ワイズマン? いいえ、心当たりはありませんね」
「私もだネ、ビブリオガールはどうカナ? 眼鏡かけてるしサ」
「め、メガネは関係ないよ……でも、私も知らないなぁ……」
「そっか、ありがとな」
“ワイズマン”、その単語に聞き覚えがないかアオたちに確認したが、収穫は0だった。
月夜もどきが話していた内容でどうにもこの言葉だけが気にかかる。
ワイズマンを使えるように……あの言葉は俺に対して向けられていた。
「ワイズマン、そのまま訳すと……賢者?」
「ソダネ、調べてみると会社の名前とかゲームのキャラが出て来るけどサ……そういう訳じゃないよネ?」
「まあ、会社ではないだろうな」
《使える様にって言ってましたからね、ゲームのキャラではないでしょう》
調べようにも手がかりはあまりにも少ない、情報源を探そうにも相手は痕跡を抹消してしまう。
どうにもこうにも状況は八方塞がりだ、このまままた奴の出現を黙って待つしかできないのだろうか。
「ブルーム、顔が怖いですよ。 先ほどから様子もおかしいですし、何かありましたか?」
「ん? ああいや、なんでもない……それより3人ともこんなところで油を売って良いのか?」
「人の家をこんな所とは失礼ですね、まあ書類仕事は我々が手を出すより本職に任せた方がいいです」
「2人はともかく私は完璧に戦力外だヨ、いやー残念残念」
「コルトちゃん、全然残念そうに見えない……」
ツヴァイたちは軽く挨拶だけ済ませると真っ直ぐに魔法局へ向かっていった。
ただ挨拶を済ませるためだけに現地の魔法少女たちを呼び出す……一見不合理に思えるが、そういうことで辻褄が合わせられたか。
「……箒、どこに行くのですか?」
「そろそろお暇するよ、いつまでも居座ってるのも落ち着かないからな。 また来るよ」
「むぅ、何か異常があればすぐに連絡をしてくださいよ。 携帯は持っているでしょう?」
「分かってるよ、じゃあな」
《マスター、そっち裏口ですよ》
「……じゃあな!」
いつもの癖で裏口から出て行こうとした身体を180度回転させ、表口から退場する。
あけ放った扉の向こうから吹き込んできた風は少し肌寒いものだった。
《……白雪が降る頃に、でしたっけ?》
「ああ、何のつもりは知らないけどな」
雪が降る、と来たら冬……秋でも降る地域は降るかもしれないが、ここらの地帯は東北ながら例年の積雪は少ない。
下手をしたら今年いっぱい雪は降らないかもしれない、だというのにあいつは何を根拠に「雪が降る頃に会う」と断定したんだ?
《ん、マスター。 思慮に耽ってる最中申し訳ないですけど電話です、知らない番号からですけどどうします?》
「ん、ブルームスターにか?」
電話番号はブルームスターと七篠 陽彩用で使い分けている。
画面を見ると確かにそれはブルームスター用の番号にかかって来たものだ、そして相手の電話番号に見覚えはない。
……なんだか怪しいが、「ブルームスター」にかけてきたというのが気になる。 少し悩んだ後、俺は通話ボタンをタップした。
「もしもし、どちら様で?」
『……やあ、繋がったか。 周りにラピリス達はいないね?』
「ドク――――!?」
『おっと、その名前を今叫ぶのは得策じゃないと思うよ』
……電話越しに聞こえてきた声は忘れる訳もない、魔法少女事変ではかなり手を焼いた相手だ。
魔法少女ドクター、少し疲労を感じる声色だが間違いない。
「……どうやってこの番号を?」
『セキュリティ意識の低いゴルドロスの端末から頂いた、間違ってなくて何よりだよ』
「今どこにいるんだ、アオが心配してたぞ」
『それは心が痛むな、悪いけどこちらも理由があるんだ。 少し時間良いかな?』
「…………」
人通りの多い表通りを避け、狭い隙間に身体をねじ込んで裏路地へ抜ける。
しんと静まり返った暗がりとジメついた空気が鼻をつく。 一応周囲を確認するが盗み聞きするような人影はない。
「で、要件って何だ?」
『七篠 月夜という人物を知っているか?』
「―――――……」
『分かった、その反応で察したよ。 やはり君がキーマンか』
「どこで、その名前を知った?」
実の家族以外忘れたその名前は、もはや俺以外の人間が口にする事はないと思っていた。
月夜の痕跡は既にこの世から抹消されているはずなのに、ドクターはどこから糸口を掴み、どうやって今現在も記憶を保持し続けている?
『知ったのは大分前だったはずだ、今年の春ごろかな。 まだ魔法局に在籍していたころ、ローレルと共に局内のサーバーに残っていた不正アクセス記録を洗っていてね』
《あ゛っ》
ハクが気まずそうな声を漏らした、なるほどこいつの仕業か。
後でその件についてはきっちり聞きたださなければならない。
『“忘れる”性質というのは非常に厄介だったよ、だから高頻度で情報をコピペし続ける様にプログラムを組んだ。 情報が消失しないように暗号化させたうえで迂遠な情報をね』
「なんつー力業……」
『いつの間にかボク本人も忘れて、今さっきサルベージしたデータも破損が大きいけどね。 それでも収穫は大きかったよ』
「……聞かせてくれ」
『ああ、長くなるだろうが許してくれ。 こちらも話したそばから忘れないように精いっぱいだからね』
業務用ゴミ箱の上に腰かけ、長丁場になりそうな通話に備える。
渡りに船の情報源、幾ら長くなろうとも聞き逃すわけにはいかなかった。
 




