白雪が降るころに ⑤
「……ツヴァイ!?」
「お初にお目にかかりますわ! 事情は分かりませんが助太刀いたしますわよ、ブルームスター!」
片手に握った棍を短く取り回し、月夜もどきへ刺突が打ち込まれる。
しかし背後からの不意打ちにもかかわらず、その攻撃は奪い取られた箒によって視線も向けずに止められた。
「うーん、誰? いきなり殴りかかって来るなんてひどいんじゃない?」
「その殺気と魔力はただ事じゃありませんわ……! それにその冷気、東京近辺で起きた凍結事件と同じものですわね!!」
「凍結? ああ、ここに来るまで色々ちょっかいかけられちゃったから」
「やはり、詳しく話を聞かせてもらいますわよ!」
「うーん……やだ」
「っ……!?」
ツヴァイの加勢に入ろうとした身体がビタリと停止する。
見えない糸にからめとられたように指一本動かない、ツヴァイも同じく体の動きが封じられたようだ。
「これ、は……なんですの……!?」
「“私”以外の動きを凍らせた。 邪魔が入っちゃったね、今日はここでお別れかな」
「待て! お前は……!」
「ああそうだった。 さっきの話の続きだね、お兄ちゃん」
動けないツヴァイの脇をすり抜け、表口から堂々と出て行こうとする月夜もどきが振り返る。
その笑顔には嫌味や悪意などはなく、ただ純粋に吉報を伝えられる嬉しさだけがにじみ出ているように思えた。
「魔物の本流は止まらない、いずれ魔法少女たちでも止められないほどにね――――――賢者の石がある限り、世界は終わっちゃうんだ」
「賢者の、石……!?」
「ふふ、頑張ってねお兄ちゃん。 ワイズマンを使えるようにならなきゃこの先は厳しいよ?」
「ワイズマン……? 待て、何の話を――――」
「――――白雪が降るころに、また逢えたらいいね」
カランカランと揺れるドアベルの音と共に、月夜の姿は消えてしまった。
あれだけ身体を支配していた冷気も霧散し、夏の名残を思わせる蒸し暑さが扉の外から吹き込んできた。
「逃がすかよ……!」
「お待ちなさいブルーム、その格好で飛び出すと騒ぎになりますわよ!」
「それがなんだ、あいつを逃がしてたまるかよ!!」
「……あいつとは誰の事ですの?」
《……………………へっ?》
――――――――…………
――――……
――…
「お姉、呼んで来た。 これでいい?」
「上出来ですわ、探していたブルーム……箒さんとも合流できたので幸運でしたわね」
「お久しぶりです、ツヴァイシスターズ。 ……それと、箒が何やら浮かない顔をしているのですが」
「……ちょっと色々あってな」
皆、変身を解いた状態で集められたのは先程から引き続きの店内。
僅かな時間とはいえ激しい乱闘があったというのに、店の内装には傷一つついていない。
《マスター、どういうことですかこれ……?》
「……凍化の代償だ、あの月夜(仮)が干渉した記録が抹消されている」
ブルームスターでも黒衣の代償でよく見た現象だ、ネット上のアーカイブなどから一切の情報が消失する。
しかしそれでもここまでの即効性や強制力はない、出会った相手を視界から外して数秒で忘れるなんて俺でもなかった。
……月夜が苦しんだあの代償を、奴は使いこなしているとしか思えない。
「……ブルーム? おーいブルーム、聞いてるカナ?」
「ん? あ、ああ……悪い、ちょっと気抜けてた」
「め、珍しいね……盟友……」
「どうしたのですか、体調が悪いなら休んでいてもいいですよ」
「いや、大丈夫だ……それで何の話だっけ?」
つい考え事に囚われ、話の流れに取り残されてしまった。
気になることは多いが一度あの月夜もどきについては置いておこう、3人に無駄な心配もかけられない。
「では改めて、我々ツヴァイシスターズは凍結事件の正体を追ってこの東北にやって来ましたわ」
「然り、局長より許可もいただいている。 滞っている書類仕事の補助も任された」
「局長も限界だしそれはありがたいけど、良いのカナ? 2人の地元が手薄になるんじゃ……」
「郷土愛があるからこそ、今回の事件は放置しては危険と判断」
「ですわ、いずれ振りかかる火の粉かもしれぬなら早いうちから断つのが吉。 それとロウゼキさんの頼みなのでどの道断れませんわ」
ツヴァイシスターズの姉が溜息をつき、ティーカップの紅茶を厳かに啜る。
……水筒から紅茶を取り出すのが見えたが、いつも持ち歩いているのだろうか。
「ちなみに、凍結事件について調査はどれだけ進んでいるんだ?」
「進捗は0に等しい、手がかりばかり残されているのにまるで進展が見えない……不気味」
「そうですわね、まるで霞を追っているような……そういえば、なぜあなたはこの店に?」
「ん……まあ、ちょっと立ち寄ってみただけだよ。 ラピリスの家だって知っていたからな」
進捗は0、それはそうだ。 あの月夜もどきが本気で動けば痕跡なんてほとんど残らないだろう。
例えあいつの足取りを辿ったとしてもすぐに忘れてしまう、どう頑張ったってこの事件の行方は迷宮入りしかない。
《マスター、ここで彼女について話せば……》
「それも忘れるだろうな、あいつについて覚えていられるのは俺たちだけだ」
つまりこの事件―――――あの月夜もどきについて追跡できるのも俺たちだけだ。
……あいつの目的は一体何なのか、なぜ月夜の姿をしているのか、膨れて行くばかりの謎をどの道俺は解かなければいけない。
「賢者の石」……そして“ワイズマン”とは一体何なのか。
白雪が降る頃、またあいつは俺の目の前に現れるのだろうか。




