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Hack on STAGE ③

「自分の分しか淹れてないわ」


「その横に並んだ人数分のカップはなんだ……!」


厨房ではおどろおどろしい色合いの液体をカップに注ぐ優子さんの姿があった。

詩織ちゃんたちは……テーブルスペースの隅に固まってガタガタと震えている、どうやらまだ被害には会っていないようだ。


「マスター、調理場に劇物おいてました?」


「口を慎めハク、もし置いてあったらこの程度の惨状じゃすまなかったぞ」


「店長は無から毒物を生成できる人だヨ」


ひとまず優子さんを厨房から追い出し、コーヒーの残りを備え付けのバイオハザードボックスへ処分する。

冷蔵庫の中身も確認するが、幸いにも損害は軽微だ。 


「私の事を何だと思っているのかしらね」


「いやー、私は店長の諦めないその姿勢は素直に尊敬しますよ」


「ハク、そっちは良いから手伝ってくれ。 ……コルトたちは昼食取って来たのか?」


「食べてないヨ、朝はパンとミルクだけで済ませたカナ?」


「分かった、昼飯はちゃんとしたもん食ってけ。 今用意するからさ」


「わーい、朝から忙しくてろくに食べてなかったのよー!」


時刻もちょうどお昼時、人数は多いが賄い用の食材は十二分に仕込みが終わっていることは把握済みだ。

スープの入った寸胴鍋を火にかけ、頭の中でメニューを組み立てる。

さて、食べ盛りの子供たちを満足させるにはどの献立がいいだろうか。



――――――――…………

――――……

――…



「ハク、そっちの棚から人数分の皿取ってくれ」


「はいはーい、これですか?」


「惜しい、その1つ隣のもう一回り大きい……そうそれそれ、サンキュー」


「むぅ……」


お通し代わりに出されたサラダを歯噛みながら、厨房から聞こえてくる声に耳を澄ます。

病院食を食べ慣れた舌にドレッシングが良く絡んだ瑞々しいサラダが身に染みるが、今は味わう余裕すらない。


「葵ちゃん……すごい顔……」


「HAHAHA、オニーサンを取られて気が気じゃないんだヨ」


「年の差の恋って奴ね、大人だわ!」


ここから厨房の様子は良く見えないが、お兄さんの気配を探ればある程度の動きは把握できる。

厨房は料理人の戦場、未熟な手伝いが手を貸すと邪魔になるだけ……だというのに2人の連携は中々息の合ったものだ。

一日そこらの手並みではない、あの白々木という女性はかなり“できる”人だ。


「しかしそれでも何というか近くないですか気安くないですか親密じゃないですか? とてもただのバイトの方とは思えませんしお兄さんもなんだか信頼しているようでなんですかあの人ええい羨ましい」


「すっごい早口ね」


「葵ちゃんは……七篠さんの、どこが好きなの?」


「全部です!!」


「答えになってない答えだネ。 まあオニーサンは良い人だけどサ、一体何がどうしてそこまでほれ込んだのカナ?」


「そうですね、かいつまんで話すなら第3章から語りますか、ちょっと部屋からアルバム持ってきます」


「私は初めて同僚に対して恐怖を感じているヨ」


席を立って二階に向かおうとしたその時、丁度厨房からお兄さんたちが人数分の皿を抱えてやって来た。

今まで気にならなかったが、皿から強く漂ってきたのは食欲をくすぐる香辛料の匂いだ。


「お待たせしましたー! ……って、あれ? どうしたんですか葵ちゃん?」


「……いえ、別に何でもないです。 それよりこの匂いはカレーですか」


「おう、ブイヨンが余ってたから旨味たっぷり夏野菜カレーだよ、氷水のピッチャー置いておくぞ」


「わはー! いいネいいネ、カレーが嫌いな人類はいないんだヨ!」


「ハク、配膳頼む。 スープも今持って来るから待ってろよー」


なんとなく、白々木さんと鉢合わせ気まずい気持ちになるが……これは私が勝手に懐いている嫉妬だ。

それに鼻腔をくすぐるこの匂いに抗う事も出来ず、私は再びテーブルに着いた。


「いただきます。 ……うん、美味しい」


外はまだまだ夏の残暑がじりじりとアスファルトを焦がす中、冷房の効いた店内で食べるカレーというのは格別なものだ。

つぶの立った白米と共に匙を口に運べば、丁寧に下処理された鶏肉が舌の上でほろほろと溶ける。

パプリカはしっかりと火が通り、噛むたびに野菜本来の甘みが染み出す。 素揚げされたカボチャやナスも異なる触感をカレーに足して口を飽きさせない。


「ひー、辛い! でも美味しい!」


「鑼屋さん、水をどうぞ。 詩織さんは大丈夫ですか?」


「平気……辛いの、嫌いじゃない」


「お、ビブリオガールはいける口だネ。 しかし私はミルクを貰おうカナ……」


子供舌には少なめの香辛料でも辛味が響く、それでもすいすい食べ進められるのは辛味を包む旨味があってこそだ。

病院生活で薄味になれた体には少し刺激が強いが、なまっていた身体に活力がみなぎって来るような気さえしてくる。

……美味しい。 お兄さんの手料理だ、美味しいのは間違いない。 だけど何というか……


「お兄さん、少し味が変わりましたか?」


「…………ああ、ちょっと隠し味をいつもと変えてみたんだよ。 口に合わなかったか?」


「いえ、大変美味しいです。 おかわりをください」


「私も私も! 大盛で頼むヨ!」


気のせいか、私の舌がボケてしまったのだろう。

入院している間に身体もサビついているはずだ、魔法少女として復帰するならリハビリが必要になる。

明日は魔法局に赴いて状況確認と局長と今後について話し合いが必要だ……などと予定を立てながらお代わりを待つ昼下がりは、久々に心が休まる時間だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 味覚障害が発生してるとしたら料理人として致命的になるな
[気になる点] お兄さんの味付けが変わったと聞いた時の間が気になる…赤の代償は感覚の喪失とかありそうだなぁ…
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